第99回 歌は世につれ


 かつてスター誕生という番組があった。流行歌手のオーディションをテレビでやってしまおうという番組であった。そして実際当時の流行歌手というものはほとんどすべてがこの番組によって生まれていたのだ。
 たとえば我々は山口百恵という間違いなく日本の歌謡界史上に残る大スターを文字どおり誕生から眼にすることができたのである。
 ところが最近はかなり事情が異なっている。そもそもかつての意味合いでの「流行歌」というものはほぼ消滅してしまった。百万枚売れたシングルというのは間違いなく大ヒット曲であろうが、昔なら百万枚売れた曲というのは老若男女問わず誰でも知っていた。別段積極的に聴こうとせずとも耳に入ってきたのだ。テレビをつければ好むと好まざるとにかかわらずそれらの曲が流れていた。ところが、現代にて百万枚売れた曲はどうだろう。いま若者の間で流行している曲を年寄りが知っているだろうか。年配の人の間での流行歌を若者が知っているだろうか。
 私が子供だった頃の流行歌手、たとえばピンクレディーの顔は年配者であっても大部分が知っていた筈だ。たとえば五木ひろしの顔を知らない子供はほとんどいなかった筈だ。ところが現在の流行歌を唄っている歌手やグループではそうはいかぬだろう。昔、私の母親が「ある東大生は山口百恵を知らなかったのだそうだ。流石に東大に合格するくらいの人間は世俗を超越しておるものであるなあ」と、週刊誌か何かで読んだ記事を感慨深げに繰り返していたのだが、今流行っている歌手あるいはグループの顔を私はほとんど知らない。そもそも今何が流行っているのかすら知らぬのであるが、それでも仄かにグレイだとかアムロだとかオザケンだとかパフィだとかいう名前は聞きかじっておる。そしてそれらの人びとの顔を私は一切知らない。くだんの東大生のように世俗を超越しているどころか世俗まみれのこの私が、である。
 それでも最近は何となくFMラジオをつけっぱなしにしているので誰が唄っている何という曲か迄は知らぬが、流行歌をよく耳にするようになってきた。実際半日くらいラジオをつけっぱなしにしているとヘヴィ・ローテーションと称して同じ曲が五回も六回もかかるのだから、何となく覚えてしまう。
 最近の曲は私の耳には2種類に聴こえる。ひとつはかつての歌謡曲の焼き直しであり、もうひとつはかつてのロックの開き直った剽窃である。後者の首魁は何といっても奥田民生であろう。剽窃などというと失礼かも知れぬ。明らかにロックが好きな人間がロックに捧げるオマージュとしてやっているのであろうから。ほらほら、これビートルズの「ブラックバード」のイントロなんです、気づいた人は微笑んでくださいね、はいはい、これはロッド・スチュアートの「ホット・レッグズ」のリフですよお、判った人は笑っちゃってくださいね、などと半ば確信犯でやっているのがよくわかる。
 ところが歌謡曲の焼き直しの方はどうも私にとって耳障りである。やっている本人たちがどうやら焼き直しであるという意識を持っていなさそうなのである。誰の何という歌かは判らぬのだが、以前ラジオを聴いていたら「お仕着せの軟弱な歌は要らない」みたいな歌詞を、それこそお仕着せの軟弱なメロディーに載せて唄っているのが流れてきて愕然としたことがある。それも冗談ではなくどう聴いても本気でやっていそうだったので、開いた口が開きっぱなしになってしまった。
 長々とつまらぬことを書いてしまった。私は何も現代の流行歌に難癖をつけたい訳ではちっともないのである。嫌いなら聴かなければよいわけであるし、事実私は嫌いな曲はつとめて聴かないようにしているのだから。要するに私とは無縁のところで好きにしてくれれば文句はないのだ。
 私が言いたいのはこうだ。流行歌にはふたつある。十年後に聴いて恥ずかしい曲と、そうでない曲である、と。
 断っておくが私は、現在の流行歌に対して「十年後に鑑賞に耐えうるか」などという議論を吹き掛けるつもりでもない。ではなくて実際昔の曲を振り返ってみたいだけなのである。
 歌というものは、これこれのジャンル、というように範疇に分けて論じることができる種類のものであるが、たとえばかつて一世を風靡したジャンル即ちジャズ、ロカビリー、ボサノバ、ロック、などは今や時代の潮流から外れてしまい一部のマニアのものになってしまっている。今書いた四つのジャンルはそれでも未だに根強い支持を得ているものではあるが、振り返ってみてもあれは何だったのだろう、というジャンルだってある。なんといっても後で聴いて恥ずかしい曲の宝庫はダンスビート、ディスコナンバーというやつである。今でも形を変えて残ってはいるジャンルだろうが、八十年前後のディスコブームというのは振り返るといかにも奇妙である。
 ディスコブームの火付け役になったのは間違いなく映画「サタデー・ナイト・フィーバー」であろう。いきなり「フィーバー」と来たね。恥ずかしい。今さらこんな言葉は口が裂けても言えない。試しに、会社帰りみんなで飲みに行こうという話にでもなったときに言ってみるがよい。「さあ。今夜はフィーバー、フィーバー」
 みんなの顔がさあっと蒼ざめ、「あ。大事な用があったの忘れてた」「あ、おれ急にお腹が痛くなってきた」「ええと、その。私も祖母が急に危篤に」などと口々に言い出してお流れになるのは必定であろう。フィーバーというのはそれくらい恥ずかしい言葉なのである。
 しかも「サタデー・ナイト・フィーバー」に主演していたのはジョン・トラボルタである。なんだ、そのトラボルタというのは。あははは。変な名前でやんの。決めのポーズが何となく「天上天下唯我独尊」のようであった。釈迦ですか、君は。彼も最近にようやくまっとうな映画俳優と認知されるようになったが、タランティーノに引っ張ってもらってなければ未だに「フィーバーしてた」ジョン・トラボルタと枕詞つきで回想されるだけの存在であった筈だ。
 さて、では当時綺羅、星の如く存在したディスコ・ナンバーとやらを検証してみよう。
「ハッスル」というのがあった。そうか。ハッスルか。なかなかな言葉である。唄っていたのはヴァン・マッコイという人である。唄っているといってもこの曲には 'Do the hustle!' という歌詞しかないのだ。要するに「ハッスルしようっ」と連呼しているのだ。こんな恥ずかしいことは人生において滅多にない。しかも我々日本人にとってもっと恥ずかしいことはこの「ドゥザハッスル」という歌詞がどう聴いても「ヅラ外そう」としか聞えないということにあるのだ。救いどころがない。
 カール・ダグラスという人がいた。似ているが、カーク・ダグラスではない。「吼えよドラゴン」という歌を唄っていた。功夫映画の挿入歌ではない。歴としたディスコ・ナンバーである。歌詞を直訳してみる。「原始的な中国人街からやってきた原始的な中国人たちがいた。チョップで敵をぶちかまし、チョップで敵をなぎ倒し。それは古代中国の秘技なのだ」ものすごい歌詞である。この曲は「おー、ほほー、ほー」とキャラメルコーンのコマーシャルのようなイントロで始まり、途中にも「ふっ」とか「はっ」とか「おらおら」とかいうあいの手が入る。こんな曲でどうやって踊っていたのか、当時の人々は。
 他にも「とんでけ、ロビン、とんでけよ」と繰り返しているだけの「フライ・ロビン・フライ」とか、「おさるさん、おさるさん、とっても素早いのね。そうよ母さんも素早いのよ」みたいな歌詞であった「ハロー・ミスター・モンキー」などがある。
 極め付きはやはり「ジンギスカン」という曲であろう。そう、あの成吉思汗である。唄っていたのはドイツのジンギスカンというグループである。それはいったい何ごとだ。ドイツ語なので何を言っているのかさっぱり判らないのだが、どうやらジンギスカンのことを唄っているようだ。「ジン、ジン、ジンギスカーン、へいらった、ほうらった、へいらった、ほららった」というサビがあり、「うんまんほーてんらへん。うぉっほっほっほー。いんまーらったらへん。あっはっはっはー」と笑っている部分もある。「らへん」というのは英語の laugh であろうな。なにしろ、笑っていることだし。案外キャンプファイヤーで唄う「山賊の唄」のような歌詞なのかも知れない。私の記憶では当時かなり流行り、確かアメリカでもこれを唄ったグループがあり「本家はこっちだ」「いや、こっちだ」と訴訟騒ぎまであったように思う。日本でもかなりヒットし、歌詞は覚えていないのだが日本語版のカバーもあった。どうしてジンギスカンごときに全世界挙げてそこまで盛り上がっていたのだろう。不思議な時代である。
 それにしても「十年後に聴いて恥ずかしい曲」などという論題で書いてみたものの、振り返れば「ジンギスカン」は当時すでに充分恥ずかしかったなあ。
 


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1998/04/30
文責:keith中村
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