第94回 急いでおる


 朝起きると、昼だった、という下らない冗談があるが、実際寝過ごすというのは洒落にならぬものである。私は元来寝汚い性質であり、目覚まし時計などという生易しいものではなかなか起きられないものだから眼醒ましにはタイマーを併用したCDプレイヤーを大音量でかけるようにしている。いったんトレイに入れたCDは交換するのが億劫なので何箇月も入れっぱなしになるのであり、ここ半年くらいはずっとベイ・シティ・ローラーズが流れるのだが、毎朝ベイ・シティ・ローラーズに起されるというのはよく考えるとちょっとかなりなものである。ところが今日眼ざめたときにはそれが聞こえない。
「はて」私は寝床で首を傾げた。理由は二つ考えられる。私がタイマーの設定時刻よりも早く眼ざめたのか、それともタイマーが何かのトラブルで時刻になっても鳴らなかったか、である。「確かめるには」と私は考えた。「時計を見ればいいのだな」
 時計を見て眼を剥いた。「げっ」
 時刻は九時三十四分。タイマーの設定は八時半であるから、曲が聞こえなかった理由は後者によるものであった。有り体に言えば、寝過ごした、という奴である。始業時刻は十時である。いやいや、今日は月曜だった。月曜はその前にミーティングがあるので九時五十五分なのであった。
「あと二十一分しかないのだ」私は部屋の真ん中に仁王立ちになってそう叫んだ。叫んでどうなるものでもないのだが。
「タクシーなら間に合う」十分で部屋を出て、タクシー拾って到着するまで十分。これで一分お釣りが来る。実際会社までは一キロちょっとなので何とかなる。
 サイレント映画のような早回しで洗顔やら着替えやらをすまして、計画通り十分で部屋を出た。マンションを出ると、ちょうど一台のタクシーが目の前を通過していった。
「ほうい。待ってくれえ」私は追いかけた。それにしても人が何かを追いかけるときの、片手を前に突き出して前のめりにまろび走る姿というのはどうしてあんなにも間抜けなのであろうか。「ほうい。ほうい」発する音声もこれ以上情けないものはちょっと考えられないのではあるまいか。しかしそんなことも言っていられない。
 幸い四回目の「ほうい」の辺りでタクシーは気づいて停まってくれた。「近くて申し訳ないのであるが」前置きをして私は行き先を告げた。「急いで下さい」と付け加えることも忘れなかった。
「あい、あい」かなり年配ののんびりとした風情の運転手である。「それにしても」と彼。「良い天気でございますなあ」
「そうですね」時計を凝視したまま私は答えた。
「しかし、春の天気というものは変わりやすいので油断はできません」
「そうですね」
「実のところ、上空での空気の動きは想像を絶する速度なのでございます」
「そうですね」生返事をしたあと反芻した。へ。妙なことを言っている。上空での速度が何だって。
「聞くところによりますと、なんでも日本附近での自転速度は時速千キロ以上あるのだそうですな」
「そんなものですか」頭の中で概算する。ええと地球半径が六千四百キロ、日本の緯度は面倒臭いから三十度として、ええとそれで三平方の定理で二対一.七だから自転半径がだいたい五千キロ以上はある。直径一万キロとして、かける円周率3で三万キロ。二十四時間で割ると、うん、確かに千以上だな。こういう無駄な計算はついついやってしまう。すぐ我に返って「ああ。運転手さん。すみません。急いでくださいね」
「はあ。はあ。急いでございます」
 そうか。どんどん追い抜かれているぞ。
「何ということでしょう。実にそれは音速よりも速いのです」
 また地球の話である。音速も自転もいいけれど、この車の速度はどうなんだよ。ええと、音速が秒速三百三十メートルとして、かける三千六百秒わる千、で千キロを超えるくらいかな。なるほど、日本附近での自転速度のほうがやや速いのか。いかん。計算している場合ではない。間に合うだろうか。
「だから、春の天気は変わりやすいのですなあ」
 何か違うような気もするが訂正するのもあれなので「そうですねえ」などと答える。
「だから、今日はこんなに良い天気ではありますが」
 言われて見あげると確かに雲ひとつない。
「私の見ますところ、本日三時くらいから曇りはじめ、五時には雨が降るのでございます」
 喋っている内容やら言い回しが何やら気象予報士の福井さんのようである。「そんなものですか」
「そうでございます。私の予想は当たるのでございます。実は昔は土木工事の仕事をしておったのですが、こんなことがありました」
 話すのがよほど好きな人のようだ。急いでほしいのだよ、私は。
「ガスの配管やら電気やら電話やら、工事のたびに掘ったり埋めたりを繰り返すのは無駄であるので、いっそ共通の用途の溝を掘ったらどうか、などと考えたものです。もう四十年以上も昔です」
「ほう」
「共同の溝だから共同溝とでも名付けてそうすればよい、と言っておったのですが、どうやら最近はそういうものが実用化されはじめたらしく、名前も私が考えたとおり『共同溝』というようです」
「へえ。凄いじゃないですか」
「いや。共同の溝だから、誰が考えても『共同溝』なのです」
 どうなんだよ。予想が当たったから凄いという話じゃないのか。いいけど。
「昔のガスは石炭ガスでした。石炭ガスはガス管に水が溜まるのでございます。だから、ときどき水抜きをしないといけません」
「へえ。そうなんですか」
「あい、あい。そうです。で、ガス管のところどころにバルブが取り付けてあります。これを捻ると、ぴゅううっ、と水が噴き出します」
「ほう」
「そりゃあ、もう、勢いよく、ぴゅううっ、とね。ほんとに、ぴゅううっ」
 ぴゅううっ、という度に両手をハンドルから離して水が噴き出す身振りをするので見ていて危なっかしい。
「そういえば、昔フランキー堺が」
 話がころころ変わる人だ。
「映画で、ライターのガスを吸って自殺しようとするシーンがありました。『死んでやるうっ』と言ってガスを吸うのでございます。それを観てげらげら笑っていたものですが、実際ライターのガスは有毒なのでございましょうか」
 訊かれてもそんなことは知らない。『死んだる現象』というごくつまらない洒落を思い付いてしまい、頭の中で舌打ちしてから、「あ、そこの信号のところで」
「あい、あい。そこですね。ところで毒といえば、植物には有毒なものが多いのです」
 また話題が変わる。
「へえ。あ、ここで」「あい、あい。ありがとうございます」
 千円札を出す。お釣りをゆったりと数えて、私に差し出す手前で「そうなのです。特に蘭の仲間には毒がございます」
 運転手さん、お釣り渡してください。急いどるんだ、私は。
 などとは言えぬので「じゃ、その話はまた、ということで」
「あいあい。そうですか。ありがとうございました」
 何が「また」なんだ、と自分に突っ込みながらビルに駆け込む。ミーティングには何とか間にあった。

 それにしても。
 三時に曇りはじめ、五時から雨が降り始めた。
 運転手、侮りがたし。


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1998/04/14
文責:keith中村
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