第93回 子供たちよ


 最近の子供たちは外で遊ばなくなったという話は、必然として昔はこんな風に遊んだものだという共通体験の話題へと移行してゆくものであるが、時としてちっとも共通ではない特殊な話もでてくるから面白い。
 昔の子供の遊びには自然や生物と触れ合うことが大きな要素を占めていたわけであるが、たとえば近所の野良犬に石をぶつけて追いかけられたという話をしているときに、
「そうそう。それから、冬籠りから覚めた熊に石ぶつけて追いかけられたり、ね」
などという発言が飛び出すこともある。
 ぎょっとして聞いてみると、話し手が北海道は襟裳岬の出身だったりするのだ。ね、などと同意を求められてもなかなか共感できる体験は持ち合わせておらぬ。まったく、襟裳の春は何もない春どころの騒ぎではないようである。
 「達磨さんが転んだ」という遊びがある。
 ご存知とは思うが一応簡単に説明する。まず一人が鬼になり柱など目印の所にとどまり、それ以外の子供はそこから所定の距離だけ離れたところに位置する。鬼が眼を伏せて柱に凭れて「だるまさんがころんだ」と唱えている間に子供たちはじりじりと鬼に近づく。唱えおわって振り返った鬼に、動いているところを見られてしまうと捕虜として抑留されることになる。鬼が眼を伏せて唱えている間だけ少しづつ少しづつ柱に近づいてゆくのだ。で、一人でも柱に到着すれば鬼の負け、目敏く動いているところを発見して全員を抑留すれば鬼の勝ちという遊びである。
「達磨さんが転んだ」というのはいったいどういう意味だそれは何なのだ、ということになるがこれは数を算える代わりである。「だるまさんがころんだ」は全部で十文字あるため、これで十まで数えるのと同じ働きになる。ちょっとまて、「いちにさんしごろくしちはちくじゅう」よりも遥かに音節が少ないから同じではないぞ、と思う人もいるだろうが何しろ相手は子供だからそんな細かい理屈を言っても通じない。
 ところでこの「達磨さんが転んだ」という呪文は全国的にいちばん普及しているものであるが、実際には地方ルールとして別の言葉を唱える場合だってある。
 大阪で恐らくいちばん使われるのは「ぼんさんが屁をこいた」、ぼんさんとは坊さん即ち僧侶のことである。どうして僧侶なのだ僧侶だって放屁くらいするではないかそれは誰だって同じことだ何も僧侶だけを殊更にあげつらって嘲笑しなくともよいではないかそれとも何かお前さんは放屁しないとでもいうのかええいどうなんだどうなんだ、と思いはするがこの言葉がたまたま丁度十文字であったための悲劇であると坊さんには我慢していただくしかない。
 奈良出身の人間に聞いたのだが、奈良では一般に「印度人は黒んぼ」というらしい。何とまあ印度人だ。確かに印度人は色黒であるかも知れぬ。だからといって「印度人は黒んぼ」というのはあまりにあんまりではないか。これもたまたま十文字であったことによる印度人の悲劇なのだろうか。
 もっと他の地方では、その土地独特の呪文もあるのだろうが、私はこの三つしか知らない。
 さて一見ばらばらに思えるこの三つの呪文であるが、「達磨−僧侶−印度人」と並べると共通点が見出せる。そう、仏教である。そうやって考えてみるとこの「達磨さんが転んだ」という遊びも何やら仏教による衆生の救済ということのメタファーに思えてきはしまいか。しないな。
 それにしても地域によって使用する呪文がまちまちであるというのは、どうにもややこしい。JISなりISOなりで仕様を統一してくれればいいのだが、まさか子供の遊びに口出しするほど暇でもないだろうし、少し考えれば判るが実はJISもISOもそういったことをするための団体ではない。
 そこで代わりと言っては何だが私が提唱するのであるが、どうだ子供たちよ、この呪文を全国共通にしてしまわないか。麻雀だって地方ルールが様々で、十三不塔などという手ができたときに、これは役満だ、いやいや何を言うそれは満貫だ、とんでもないそんなのただの沖和じゃないか、ええいそれなら賽ころを振って決定しよう、なんてことになり結局沖和の罰符を払わされたりすることになるのだ。仕様が共通化していないということは思わぬ悲劇を齎すのだよ。
 私が提唱する新しき呪文は「ゴータマはシッタルダ」。どうだ。仏教という共通点を捉え、美しく十文字にまとめているとは思わないか。思うよな。それに「恋人はサンタクロース」にもちょっぴり似ているぞ。「パパはニュースキャスター」にも似ている。こんばんは、田村正和です。その上「朕は国家なり」にだって似ているんだぞ。こんばんは、ルイ十四世です。もっとも、似ているからどうだということはないが。
 さあ、子供たちよ。これからは「ゴータマはシッタルダ」と唱えるのだ。そうだ。今、ゴータマが新しい。
 さあ、子供たちよ。これをもってデファクト・スタンダードと為すのだ。立ちて行け。
 子供たちはこんなページ読んでないってば。


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1998/04/12
文責:keith中村
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