第85回 八年ぶりのストーンズ


 異動で職場が変わってから私は歩いて通勤しておるのだが、だいたい十五分くらいの道のりである。駅でいうとひとつ隣であるのだが、家−駅−電車−駅−会社という経路経路よりは直接歩く方が早いのでそうしている。しかし雨が降るとなかなか辛い。
 出しなに窓から見ると結構降っている。取り敢えず傘をさして出かけたものの、途中で盥をひっくり返したような土砂降りになった。傘という道具はご存知かも知れぬが人間の上方に一時的に庇を作成するという効能がある。しかしこの庇状の部分はそれほど大きな面積を保有してはおらぬ故、たとえば風が吹くなどして横しぐれになるといささか庇的機能が低下することになる。斜めに叩きつける雨はその角度が大きいうちはよいとしても、鋭角になると傘の内部にいる私に振りかかることになるのだ。しかも、余りに烈しい雨の場合はアスファルトに反射してやはりズボンにはねかえる結果となる。そんなわけで会社に辿り付いた時には下半身が水浸しになってしまった。
 思うに、もっと有能な傘というものはないのだろうか。たとえば、その半径が5メートルくらいある傘はどうだ。私を中心に直径十メートルの庇ができる。面積およそ七十八.五平米である。これならよほど横殴りに降りしきる雨でも大丈夫な筈だ。どこかにないものか。半径が五メートルならば畳んでも五メートルくらいの棒状になるではないか、などと思う者がおるかも知らぬが、それは杞憂である。なんとなれば折り畳み傘にすればよいのだから。
 しかし問題はそんな傘をさしていると、最低五メートルは道の端から中央よりを歩まねばならぬということだ。明らかに車道にはみ出ることになるので交通安全上いささか問題ではある。あるいは狭い路地などには進入できぬかもしれぬ。そのあたり改善案を考えねばならぬ。
 などと思索しながら仕事をしていると大きなミスをやらかしてしまった。アプリケーションサーバーになっているunixマシンのhostsファイルをうっかりとばしてしまったのだ。内心焦りながら課長に「ネットワーク構成図みたいなもの、ありましたよね」と言い、マシン名とIPアドレスが書いてある構成図を借りる。
「何に使うの」
「いや、このサーバーにね、僕のマシンが登録されてないんで、登録しようかなあっと」
「ああ、そう」
 課長嘘ですすみません、と心の中で謝りながら、こそこそと作業し、何とか復旧させた。お蔭で昼飯抜きである。
 やれやれと一息ついていると、ある事業所から電話が入り、「ファイルがないというメッセージを出して、コンピュータが起動しません」
 見つからぬというファイル名を聞いてみると、なんとこれがカーネルだ。要するにシステムがぶっとんでいるのだ。
「復旧に行きますからそのままにしておいてください」
 代替のハードディスクやらデータ吸い出し用のテープ装置やら持ってその事業所に出かけた。これが午後二時。片道一時間なので、復旧に一時間かかるとしても五時には帰ってこられるだろうと思っていた。どんなに遅れても六時には退社するのだ。なぜならば今日はローリングストーンズのライブなのだ。
 事業所に着いて修復セットアップして何とか起動させデータをテープに吸い出して、代替ディスクに取り替えデータ書き戻して午後四時過ぎ完了。と思いきや本部に接続できない。各事業所からはISDNにてダイヤルアップで接続しているのだが、これがつながらないのだ。あれこれ試してみるが駄目。
 四時半、本部に電話するが、ハード関連を一手に担当している課長代理は休みであり課長はその辺に関しては詳しくない。出入りの業者に連絡するから待てと言って電話は切れた。
 ストーンズなのだ。急ぐのだ。ぶつぶつ言いながら待っていると業者から連絡があり、その指示でようやく復旧完了。急いで本部へ取って返し「では、そいうことで」と退社したのは六時半であった。
 タクシーを拾って「大阪ドーム」。六時五十五分到着。開演五分前であった。
 雨が降っている。ゲート前にはまだ入りきっていない客がたくさんいる。間に合うのかと苛々しながら列に並ぶ。非常識にもこの人ごみで傘をさしている奴も多い。傘の端から滴が垂れるではないか、馬鹿者。やはり半径五メートルの傘があれば、こういうときにも便利なのに。いやこの人数なら半径十メートルは必要か、と考えながら入場する。
 八年前の東京ドームの時は夜中からチケットぴあに並んだものだが、今回は公務員の友人の伝にてチケット購入。ロックの精神に反しているよなあ全くと思いながらもすっかり楽しんだ。
 キースはすっかり老け込んだなあ。チャーリー・ワッツは年取ってから渋くなったけど。ロニーは相変わらずやんちゃ坊主然としている。それにしてもミックは若い。今回もステージの端から端まで走りまわって客に愛敬を振りまく。息切れもあまりしていないし。五十歳をとうに回っているとは思えぬ若さである。
「またニッポンに来れマシタ」とら抜き言葉のミックであった。あまつさえ片言の大阪弁まで喋るミックなのであった。ロックンローラーの癖にサービス精神満点である。客も心得たもので、そんな軟派なことをするな、などという野暮なことは言わぬ。日本語を喋るたびに爆笑と共に「ええぞええぞ。解りやすいぞお」との声があがる。さすが大阪である。
 いやあ、しかし。ものすごく金のかかっていそうな舞台装置であった。ショウアップされたエンターテインメントである。ディズニーランドのようでもあった。ロックというものはだなあ、などとは言いっこなしである。たいへん楽しかった。
 最新アルバムからもいくつか演っており、ただの懐メロ大会にしていないところが偉い。と言ってもこっちは懐メロ目当てなんだけどね。新作をやっているときは露骨に客の乗りが悪い。まあ、そんなものだ。
 キースとロンは相変わらず火災防止条例など無視して煙草を吸う。
 ロンなどは初めから終わりまで煙草を吸っていた。市川崑か、君は。 


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1998/03/22
文責:keith中村
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