第83回 獲らぬ狸の


 コンビニエンス・ストアに立ち寄っていた。まだ午後7時くらいである。店内は比較的閑散としていて、他には子連れの母親がいるくらい。お握りを物色していると、その小学校低学年くらいの男の子が母親に何やらねだっているのが聴こえる。
「ねえ。買って。買ってよお」
「駄目駄目。どうせまたすぐに飽きるんでしょ」
「そんなことないからさあ」
 客が少なく静かなので、自然と会話が耳に入ってくる。
「ちっとも世話しないでしょ。こないだだって死んじゃって、それっきりじゃないの」
「今度はきちんと面倒みるよ。だから買ってよお」
 はて、コンビニエンス・ストアで生き物など売っていたかな、などと思いながら見ると、母親に懇願している男の子が手にしているのは「たまごっち」のパッケージなのだった。
 結局、頑として母親が折れなかったので男の子はしぶしぶパッケージを元の場所に戻し、そして親子は店を出ていったのであるが、去りぎわにその「たまごっち」にむかって男の子が名残惜しそうに「ばいばい」と手を振っていた。
 ものすごいことになっている。
 まあ、何を今さら「たまごっち」であるが、それにしてもこれには驚いた。もう完全に生き物扱いである。
 古い奴だと思われようが、人工生命というと私にはライフゲームが真っ先に浮かぶ。コンピュータのディスプレイがちかちかと明滅するあれである。セルオートマトンである。隔世の感がある。
 現在の「たまごっち」の直截のルーツはおそらく「猫」であろう。DOSの時代にあった NEKO である。Unixにも oneko という類似のものがある。これは、カーソルやらマウスポインタやらを追いかけて画面の中を猫が走りまわるというものであるが、走り疲れると眠ってしまうのが可愛らしかった。もっと最近ではTEOというのもある。海豚みたいな鳥であるところのフィンフィンを飼うのである。正確に言うと飼うのではなくお友達になるという趣旨である。ジョイスティック/MIDIのポートに専用マイク(アンテナというらしいのだが)を接続し、それでフィンフィンに呼び掛けて仲良しになるというものなのだが、私の知人にこのソフトを買ったはいいがコンピュータにポートがなく「お友達になれないよお」と泣いていた奴がいる。いい歳して、何がお友達だ。しばらくしてそいつに会ったら、「サウンドブラスター買ったのでマイクが接続できて、お友達になれたよお」と破顔していた。だからいい歳こいて、何がお友達だ。まあ、いい歳した大人をそうやって馬鹿にしてしまうところがこういった擬似生命の凄いところなのかもしれない。私自身、昨年のたまごっち全盛の頃は、IBMのウルトラマンPCにフィンフィン入れて連れて歩き「たまごっちなんか古いよね。これからはフィンフィンの時代だ」などと嘯こうかとも考えたものだが、それにしてもフィンフィンの時代とは何だ。
 薄井ゆうじ氏に「天使猫のいる部屋」という傑作があり、これにはあたかも「たまごっち」を予言したかのようにコンピュータ内部にて生きる「電子猫」というのが登場する。この「電子猫」は寿命が来れば死ぬという設定であり、これは斬新なアイデアだった。なんとなれば作品が書かれた時点で、「死」までインプリメントされた擬似生命はなかったのだ。もちろん原典であるところのライフゲームには「死」があるが、あれはライフサイクルが余りに短いし、そもそも画面上のドットに感情移入などできるものではない。
 アクアゾーンという熱帯魚飼育ソフトには死が設定されているが、「たまごっち」のそれ以上に凄いところは何と言っても魚よりももっと感情移入しやすい愛らしいキャラクターに「死」をインプリメントしたことであろう。ネット上にはたまごっちの墓地まである。そういえばかつて力石徹の葬式なんてあったな。
 そういえば、「たまごっち」人気沸騰のさなか、友人と考えていたことがある。赤外線通信機能を持たせ、交配可能な新型たまごっちを作るというアイデアである。いくつかの遺伝子情報を持ち、それによって次の世代の形質が異なってくるという仕様である。
「このアイデアを企業に持ち込んだら、俺達は大金持になるのではないか」
「がはははは。よし、任天堂にでも話しに行こう」
「いやいや。こういうのは他社が出しても二番煎じになるだけだ。やはりバンダイに持ち込むべきだろう」
「ところで『交配』という言葉はやや露骨ではある。何か命名しようではないか」
「うむ。では『おまんこ』でどうだ」
「馬鹿者。もっと露骨ではないか。ええと、そうだ、『チュッチュする』というのはどうだ」
「おお、それはいい。『チュッチュする』か。何とも言えず可愛らしい響きであるな。チュッチュ」
 むさくるしい男が喫茶店で「チュッチュする」などと言い合ってにやにや笑っているのだ。なかなか得体の知れない光景であったことだろう。
「それでな。優良な遺伝子情報を持った製品をいくつか紛れ込ませておくのだ。コアラのマーチの眉毛のような都市伝説まで作れるぞ」
「待てまて。それならいっそ、ウイルスを持った種とその免疫を持った種を作ってだな。免疫のある種を俺達が握り締めておくのだ。そんでもって『このたまごっちとチュッチュしたら君のたまごっちの病気が癒るんだよお』と女子高生に言い寄って、ついでに女子高生ともチュッチュしてしまうのだ」
「おお。女子高生とチュッチュだと。ぐへへへ。じゅるじゅる。それは素晴らしい。女子高生とチュッチュするのだ。がははははは」
 女子高生だ、チュッチュだと胴間声を張り上げる我々をウェイトレスが狂人を見る目つきで遠くから窺っていた。
 私が企画書を仕上げるということになったのだが、元来怠け者のダメ人間であるからもたもたしていると、そのうちにとうとう「たまぴっち」という電話回線を使って交配できるたまごっちが発売されてしまった。アイデアは我々のほうが先であったのに先を越されたのだった。
 ちぇっ。女子高生とチュッチュし損ねた。


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1998/03/18
文責:keith中村
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