第81回 私の城下町


 私の通勤する道の途中に孔子の像が祀ってある。湯島聖堂にあるのと同じようなものだ。いつも像の前に花やら何やらが供えてあるのだが、今日見ると何故か鈴カステラが2つ供えてあった。位置的にはちょうど孔子の足元にあたるところであり、像の色あいとも調和していたので恰も孔子が睾丸を落下させたかのようである。何かしら感慨深いものを感じて私は落日を仰いだ。孔子像ふぐり抜け、見上げる夕焼けの空に、という奴だ。
 その隣に住宅があり、何故か門柱に土筆が何本か紐で結わえてあった。土筆の子が恥ずかしげに顔を出す季節であるのだなあ、しかし大阪の真ん中の土など全くないようなところでまさか土筆を見掛けるとは意外であるなあ、と何かしら感慨深いものを感じて再び落日を仰いだ。胞子嚢くくりつけ、見上げる夕焼けの空に、という奴だ。
 夕飯どきであり、私は近所の一膳飯屋に立ち寄った。鯖の味噌煮込み定食を頼んだのだが、味噌汁に油菜の葉が入っていた。もうすぐ春ですねえ、と何かしら感慨深いものを感じて私は店内であるにもかかわらず三度落日を仰いだ。双子葉おみおつけ、見上げる夕焼けの空に、という奴だが、ここまでくると既に原形を留めていないので書いていてもなかなか苦しい。
 いや、大澄賢也の嫁の話ではなかった。城の話である。
 幼稚園に上がるか上がらなかったかの頃である。父親が言った。「明日の日曜はお城へ連れていってやろう」
 子供には距離という概念がない。ましてや国などという概念もない。そのとき私は西洋の城を想像したのだった。「うわわあい。お城だお城だ」
 お伽話に出てくる城をイメージして喜んだのである。もちろんまだ東京ディズニーランドだってない頃だから日本に西洋の城があるわけがない。
「王様に出会ったらどうやって挨拶するのかなあ」馬鹿な私はわくわくして姉に言った。トランプのキングのような人が住んでいると思っているのだ。しかし、お城に行って王様に会うなんてうちの親もなかなか大したもんじゃないか、もしかしたらひそかに大臣だったのか、などと考えていると、「あんた、馬鹿ねえ」姉が心底馬鹿にした口調で言う。
「城にはお殿様が住んでるのよ。ふん、子供ね。そんなことも知らないの」
 和洋の区別ができている点は私より分別があったのだろうが、フランスの社会の教科書じゃあるまいし、現代日本において殿様が住んでいると信じている点は同じく馬鹿である。
「そんなのうそだあい。お城といったら王様じゃないか。それに王女さまと王子さまがいるんだい」
「いないわよお。お殿様とお姫さまなのよお」
「ちがわいちがわい。王様がいるんだい。いるったらいるんだいっ」
「馬鹿」
「ぎゃああ。うええん。お姉ちゃんが馬鹿っていった」
「痛いいたい。よくも引っ掻いたわね。きいいいっ。ああんああん」
 この喧嘩は「大人しくしていなければ連れていかないわよっ」という母親の一喝によって収束を迎えるのであった。
 翌日、家族四人を乗せたダイハツミゼットは出発した。「お城だお城だ、らんらんらん。白い城黒い城ぐんじょういろの城、王様王様こんにっちはー、らったらったりられー」などとてんで出鱈目な歌を唄って全身で喜びを表現する私であった。負けじと姉も「殿様でござるー、殿様でござるー、お城でござるよお、ちんとんしゃあん、ちんとんしゃあん」などと半ばやけくそに声を張り上げている。
「ほらほら、見えてきたわよ」と母親が言う。「え、どれどれ。どこなのさ、どこなのさっ」と私はきょろきょろする。
「これっ。窓から顔を出すんじゃありません。ほら、あれよ」
 母の指差す方に見えたのは姫路城の天守閣であった。あっ、と私は思った。テレビで観たことはあったのだが、それが城であるとは思っていなかったのだ。
「ええっ。あれがお城なのお」と不服そうな声をあげる私に父親が言った。「どうしたんだ」
「だってあれは」ほとんどべそ掻いた声であった筈だ。「忍者の隠れ家じゃないか」
「007は二度死ぬ」を観たのはもちろんこのずっと後のことであるから何故そう思ったのか自分でもよく判らぬ。
 だいいち、そんな目立つところが隠れ家になるわけがないではないか。
 隣りの席では姉が飽きもせず「お姫さまでござるわあ、ちんとんしゃあん、ちんとんしゃあん」と出鱈目を唄っていた。
 姉よ。「ござるわ」はちょっとどうかと思うが。


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1998/03/11
文責:keith中村
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