第79回 語呂


 大脳生理学というまだまだ未開の領域はそれでも人を魅了する学問分野であるようで、判らぬ癖に過信する人もたくさんいるようだ。
 アルファー波なるものがある。リラックスしているときに脳から出される波形だが、これを逆さにアルファ波が出れば心が落ち着くという迷信のあるがゆえ、アルファ波誘発CDやテープも売られているようだ。
 映画やテレビの分野ではかのサブリミナル効果なる高名なものがありこれは一齣コンマ数秒の画像を挿入することで、「無意識に意識する」といい、古くは映画の上映時このサブリミナル効果にてコーラの映像をはさんだらコーラがいつもより多く売れたというのは有名な伝説であるがしかしこれ、どうやら嘘であるらしい。あまり知られてないけれど、実はサブリミナル効果使用でヒットした映画というものも存在する。かの名画「麗しのサブリナ」なのである。そう、「サブリナ見る効果」。
 さて文章の方面で斯様な作用のあるものはあんまり聞いたことがない。潜在意識に訴えて何かの作用をするという文章はないのだろうか。川又千秋のSFに「幻詩狩り」なるものがあり、この作品は読む人を発狂させる文章がテーマとなっているものだ。だが実際にはそういった作用の文などないだろう。
 それでも何とはなく気持ちよい程度なら文章の作用で実現できるだろう。
 日本人には七五調なる韻律が心地よく心に響くものらしい。しかしこういう形式はそもそも日本文学の定型律たるものだから、非文学的場面にてあまりに多用せしめるとなかなか奇異なる印象を与える表現なのである。
 キャッチフレーズ、標語には五七や七五が使われる。関西ローカルではあるが、大阪ガスの広告の「ガス湯沸器つけたその手で、ハイ換気」という文句は有名で、交通安全標語でも「注意一秒怪我一生」「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」、牛丼チェーンの吉野家の「牛丼ひとすじ八十年」というテレビCMはかなり昔のものだから、そろそろ百年くらいにはなっているのじゃなかろうか。
 流行曲の世界でも最近めっきり減ったかもしれないけれど一時期は興隆極めた七五調、歌のメロディなるものはいつでも七五の調子ではないものだからどっちみち詞の持っている韻律は歌に載せれば胡散霧消してしまうことも多いので、そんなこんなで最近は七五調にて作られた歌詞の方こそ珍しい。
 たしか「天才バカボン」でバカボンパパが俳諧を初めて知って喜んで話す言葉をことごとく七五調にて言うという挿話があったと記憶する。「さあ昼だ。そろそろご飯を食べましょう」「お巡りさん、どうして目ん玉つながりか」そういう他愛もない科白ばかりであったと思うけど、何故だか妙におかしくて結構記憶に残っている。
 さてコンピュータの世界でも「ネットスケープ・ナビゲータ」、もちろんそもそも英語だがこの名称は期せずしてたいへん語呂がよいもので、
「降る雪や ネットスケープ ナビゲータ」
「行く春や ネットスケープ ナビゲータ」
「目には青葉 ネットスケープ ナビゲータ」
「名月や ネットスケープ ナビゲータ」
「古池や ネットスケープ ナビゲータ」
「蚤虱 ネットスケープ ナビゲータ」
 などとこの名を入れさえすれば即席俳句の出来上がり。マイクロソフトのIEにいまいち人気があらぬのは、語呂の悪さに原因があるのじゃないかとさえ思う。
 さて実はこの文章であるけれど、すべて七五や五七なる調子で書いてあるのだがそれに気付かれたでしょうか。
 なんてこと書いたらすっかり信用し読み返す人もいるのかな。もちろん嘘であるけれど。 


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1998/03/08
文責:keith中村
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