第78回 おたくについて


 おたくという言葉の起源についてまとめてみた。
「おたく」はSFから発生したのだろうと考える。
「おたく」を定義し、メディアに載せたのは中森明夫が最初だというのが定説のようであるが、わたしが知る限り、所謂おたくの人々に「おたく」という二人称を使わしめるきっかけとなったのは平井和正である。
 平井和正というと、「幻魔大戦」以降どうしても胡散臭く思われがちで、高橋克彦と並んで「彼岸に行ってしまった作家」として有名であるが、彼に「ウルフガイ・シリーズ」という佳作がある。これは不死身の狼男が主人公である一連の(正確にはニ連の、である。そんな言い回しはないが)ハードボイルドSFなのだが、その主人公犬神明が「おたく」という二人称を使っていた。私が中学高校の頃には私を含めこの作品に影響を受けた友人が多数おり、我々の間で「おたく」という二人称がしばしば使われていた。同じような人間は全国に多かったのではないかと思う。ちょうど時期的には主人公犬神明を名乗る「実在の人間」が名乗りを挙げ、SFアドベンチャー誌上で今や伝説となった「平井和正とリアル犬神明の対談」が掲載された頃である。この「リアル犬神明」なる人物、今の言葉で言えば筒井邸に現れた水撒き女と同じく「電波系人間」であったのだろうが、平井和正をして「間違いない。この人こそ、私の小説の主人公その人である。本物の犬神明である」と言わしめてしまった。「なんだ、それは。いったいどういうことだ」と点目になったものだが、それから平井和正はあれよあれよという間に彼岸に行ってしまった。もちろん、それ以前からやや怪しげなところのある人ではあったのだが。「幻魔大戦」シリーズにしてもいろいろ批判はあろうが、あれは宗教色をとっぱらって、「組織が発生してから腐敗してゆくプロセス」を描いた作品として捉えるとかなり水準の高いものであると私は思っている。
 その頃、新井素子が星新一(御冥福をお祈りします)の目にとまり高校生で作家デビューするという偉業を成し遂げ、若いSF小説ファンから大いなる支持を得ていたのであるが、彼女も平井和正の影響で登場人物に「おたく」という二人称を使わせていた。コンビで小説のカバーや挿絵を担当していた吾妻ひでおが「美少女作家新井素子」のイメージを定着させたこともあり、当時の言葉でいう「アニメファン」が彼女のファン層に加わっていった。これはちょうどSF大会がアニメファンに凌駕されはじめたのと軌を一にする。そして彼らの間に「おたく」という呼称が定着していった。
 これらの人々が、現在の「おたく」のはしりであったのだと思う。
 別の説では、これは高千穂遙氏の証言であるが、慶応のおぼっちゃまが「おたく」を使いはじめたのだという。彼が慶応に在学していたころ、さかんに「おたく」という言葉が使われていたらしい。まあ、その連中が「スタジオぬえ」を設立したというのだから、これも源流は同じだろう。
 更に遡れば、学生運動家が「おたく」を使用していたという小林信彦氏の意見がある。運動で初対面の人間に「あなた」とも「君」とも「おまえ」とも呼びかねた学生が「おたく」と言い始めたのだという。しかし、これは現在の「おたく」という語の発生する近因ではなさそうだ。
 おたくの帝王オタキング岡田斗司夫は「おたくは人付き合いが苦手な内向的人種である」という通説に「そもそもおたくはコミケなどで見ず知らずの人間と積極的にコミュニケーションをとる。そのときに用いる二人称が『おたく』なのである。即ち『君』や『おまえ』が通用しない非日常の空間に多く接するのであるから、おたくという人種は一般の人間以上に外向的であるのだ」というアンチテーゼ乃至ははったりを提唱した。これは「おたく」という二人称の使用理由使用目的として、小林信彦氏と同じ解釈である。
 ところで「ダメ人間」と「おたく」はどう違うのだろう。
 おたくは道(タオ)である。それは極めるべきものである。おたくは努力する。おたくは精進する。
 さて、ダメ人間はというと、それは道ではない。道から逸れてしまったものである。ドロップアウトである。ダメ人間は努力しない。ダメ人間は精進しない。ダメ人間は反権威を装いながらその実たいへん権威が好きである。
 なによりも、ダメ人間はダメなのである。などと書きながら実はダメじゃない、と思っているあたりがダメである。なんて自分のダメさ加減を認識しているふりをしながら実際には気づいてない、その辺がダメなのである。てなこといいながらダメではないと……。
(以下無限に続く)


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1998/03/04
文責:keith中村
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