第76回 神々の杜撰


 絶対音感というものがある。絶対的な音程を判別する能力だ。たとえば、ピアノの鍵盤をひとつポーンと叩くと、絶対音感の持ち主は言下に「ミ」などと答える。この能力は幼い頃から楽器に親しんでいないと身に付かぬものであるらしく、残念ながら私は持ち合わせておらぬ。二十歳を過ぎてから独学でピアノを弾き始めた私は、その時初めて、小さいときに習っておけばよかったと後悔したものだが、幼い頃はピアノなど女子の人の習うものであり男子たるものそんな嫋嫋としたものがやれるかい、と思っていたので後の祭だ。ちなみに大学に入るくらいまでは、普くすべての女子の人はピアノが弾けるのだ、などと誤解しておったものだ。
 まあ、長らくギターを弾いていることもあり、音感が全くないというわけではなく、EとAこれはギターの六弦五弦を開放したときの音であるのだが、それにCだけはどうにかこうにか判別できる。それでも私の耳は誤差がひどいようで、半音ほどずれてEフラットくらいになっていてもEだと思ってしまったりする。ギター雑誌に「ギタリストに必要なのは絶対音階ではなく相対音階である」などとあるのを慰めにしているのだが、この相対音感というのは二つの音がどれだけ離れているかを判別する能力なのだが、実際これすらも私にはかなり怪しい。私はせいぜい曲のコード進行がわかるくらいのもので、これとて大抵の音楽はかなり理論に忠実な進行をするゆえ、馴れさえすれば誰にだってできるものなので、自慢にもならぬ。それにビートルズのようにとんでもないコード進行の曲なんかはやはりさっぱり判らなかったりする。
 知人に絶対音感の持ち主がおるのだが、彼の能力はじっさい尊敬に値する。楽器で出す音を当てるのは言うまでもないのだが、ギターの弦をややチョーキングした状態で聴かせても、「Bの四分の一ほど上」などと答える。あまつさえ、空き罐をかん、と叩いた音ですら「倍音が多くてややこしいけど、基本はFかな」などという。口から出任せかと思い、楽器でFの音を出してみると確かに同じ音程であったりするのだ。
 負けず嫌いの私であるが、こればっかりは勝ち目がない。勝ち目がないので、苛める方法を考えた。
「ドレミファソラシド」という音階で「ドシラソファミレド」と言う、ということをやってみた。案の定、彼は「わあ。気持悪い」などと顔をしかめる。面白いので、「蛙の歌が聴こえてくるよ」という節回しを「ドドドドドレレ、ミミミミファファソ」などという歌詞で唄って聴かせた。
「やめてくれ」と彼は顔を蒼ざめさせた。絶対音感の持ち主にとって、音名と音程があっていないのはよほど気持ちが悪いもののようだ。
 みなさんも是非近くの絶対音感人間をこうやって苛めてみるとよい。愉快である。
 さて、それはそれとして、昔ロバート・ジョンソンという人がいた。ブルースの神様と言われる人である。アコースティック・ギター一本で弾き語るというスタイルと、その奏法を確立させた人である。少年時代にサン・ハウスから下手くそと言われたので数年山に籠り、降りてきた時には吃驚するくらい巧くなっていたという伝説を持つ、ツアラトゥストラのような人である。あるいは悪魔と取り引きしてギターが巧くなったのだという伝説もある。まあブルース黎明期の「巧い」であるから、現代では彼より巧いギタリストは素人でもたくさんいるのだが、神様という彼への評価はむしろ、ほぼブルースの創始者であるという業績に対するものが大きい。
 ところでブルースというのはかなり定形の音楽であり、ひとつのまとまりが十二小節であるという厳然たるルールをもっておるのだが、この人の録音を聴くとなぜか一小節多かったり或いは少なかったり、それどころか一拍多かったり少なかったりとかなり杜撰である。リズム感がなかったのか、そういうことに鷹揚であったのか、ダメ人間であったのか、その全てであったのだろうかと思うが、いい加減な神様もあったものだ。
 彼の作品でおそらくもっとも有名なのは「四つ辻ブルース」というものであろう。クラプトンもカバーした曲であり、原題の「クロスロード・ブルース」のほうが通りがいいかも知れぬが、私の持っているレコードには「四つ辻ブルース」という邦訳がついている。ブルースの歌詞というものは「朝起きたらおいらのあの娘がいなくなってたんだよ。へいへい」などと実にどうでもいい、しかも情けないものであることが多いのだが、この四つ辻ブルースも「四つ辻へ行ったんだよお、しかも腰砕けでねえ」などと哀しくなるほど情けない。
 ウォルター・ヒルが「クロスロード」という作品を撮った。ラルフ・マッチオ扮するブルースに魅せられた少年が、ロバート・ジョンソンの未発表曲を手に入れるため、悪魔と契約するべく、曲のモデルになった四つ辻に赴くというなかなかマニアックな設定の映画である。この映画、前半は所謂ロード・ムービーの雰囲気を持ちかなりいい出来なのであるが、後半で出し抜けに乱れる。四つ辻に到着した彼の前に現れた黒人紳士風の悪魔が彼をある場所へ連れてゆくのだが、そこにはラルフ・マッチオ以前に悪魔と契約してギターが巧くなったスティーブ・ヴァイがいるのだ。ザッパの弟子のあのスティーブ・ヴァイである。デヴィッド・リー・ロス・バンドのあのスティーブ・ヴァイである。そしてラルフ・マッチオはヴァイと「勝ち抜きギター合戦」を繰り広げるのであった。この場面を観たとき私は唖然として開いた口が開きっぱなしになってしまった。なんで、そういう展開なのだ。なんで勝ち抜きギター合戦なのだ。仕事選べよ、ヴァイ。
 クロスロード・ブルースの歌詞に違わずほんとに「腰砕け」になってしまったのであった。ロバジョン恐るべし。
 彼の曲に「スイート・ホーム・シカゴ」というのがある。

べいべえ、帰りたくはねえかい。
べいべえ、帰りたくはねえかい。
カリフォルニアの大地、あの懐かしきシカゴへ。

 という歌詞なのであるが、もちろんシカゴはカリフォルニア州にはない。イリノイ州にある。
 馬鹿だったのか、そういうことに鷹揚であったのか、ダメ人間であったのか、その全てであったのだろうかと思うが、実にいい加減な神様である。
 後のミュージシャンも数多く彼の曲をカバーしており、この曲も歌われることが多いのであるが、流石に三行目の歌詞は「故郷へ帰ろうよ、あの懐かしきシカゴへ」などと言い換えておる。カリフォルニアじゃないもんねえ、ちょっとねえ、やっぱりねえ、などと思うのだろうな。
 並々ではない。ロバート・ジョンソン。


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


1998/02/27
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com