第70回 さんとちゃん


「さん」という敬称は「さま」から来ているが、「さま」より軽い尊敬を表す。大阪では標準語よりも「さん」の使用範囲が広い。人以外にも使う。考察すると人間以外に使用される「さん」は大別して三種類の名詞に付くことが判る。
 ひとつは自然現象・天体や、神仏につくものである。「神さん」「仏さん」「えべっさん」「大黒さん」「弁天さん」「お稲荷さん」、通天閣のてっぺんには「ビリケンさん」という頭の長い不思議な神様がおわす。「お月さん」「お陽さん」「雷さん」。これらは古代から人間の畏怖や尊敬の対象であったから、敬称が付くのは当然だが、しかし「さま」よりも親しみのある或いは馴れ合いの「さん」がよく使用される。「高野山」というのも、もしや大阪人は「高野さん」のつもりでいるのかも知れぬとさえ思えてくる。
 二つめは物につく「さん」である。「お豆さん」などと言う。一つめで書いた「お稲荷さん」は稲荷寿司の意味でも使用されるが、原料はやはり「お豆さん」である。生産するお百姓への感謝の念から言うのだろうか、それにしてはいちばん重要な米を「お米さん」とは言わない。大阪であるから「おこめ」を憚るのであろうか。
 この用法では他に便所を「はばかりさん」、かまどを「へっついさん」というものもある。これらは神が宿る場所ということになっているから、一つめの用法に近いのかも知れぬ。
 竹につければ「おタケさん」であるが、そうは言わない。菊につければ「お菊さん」であるが、これも言わぬし、岩にあわわ、この話題は恐ろしいからやめておこう。
 三つめは概念状態など無形のものにつける「さん」である。「お疲れさん」という。やや違うところでは「おねむさん」「おませさん」「お茶目さん」「お洒落さん」というものもあるが、これらは英語の -er, -or などに近いものであろう。
「外人さん」という言い方もある。もちろん外人は人間であるから、いちばん当たり前の用法ではあるが、考えてみれば「西洋人さん」「東洋人さん」とは言わぬ。「アメリカ人さん」「フランス人さん」とは言わず、「アメリカ人」「フランス人」であるし、「中国人」「韓国人」「朝鮮人」はそれどころか何故か「中国の方」「韓国の方」「朝鮮の方」と下へも置かぬもてなしとなる。アメリカ人やフランス人は呼称の上で差別されておる。
 それは置くとして、もしかしたら「外人さん」という表現は外人に対する莫たる畏怖を表していて、むしろひとつめの神仏につくものに近いのか。
 と思ったが、以前大阪府のイメージコマーシャルで、黒人が「大阪のおばちゃん」二人に "Excuse me, but could you tell me the way to the subway?" と話しかけるのがあった。「この外人さん、何か言うてはるで」「何ですのんや」 "I wanna go to the subway." 「何て」。サブウェイと連呼する黒人に「この人、さぶい(寒い)言うてはるわ」「さぶいんかいな、ほしたら、これ着いな」 "No, no! I want to go to the SUBWAY!" 「何や。まださぶいんかいな。ほな、このマフラーも巻いて」という展開で、実際大阪人というのはそういう暢気な人種であるから畏怖からの「さん」という論は間違いかも知れない。
 大阪の人間は食堂に入った時に、赤の他人の客に「兄ちゃん、それ上手いか。ふむ、上手いんか。そうか、ほなわしもそれにしよ。ちょっと、姐ちゃんっ。この兄ちゃんとおんなじもん、作ったってんかっ」と平気で話しかけるが、先日見かけた風景、外国人に「大阪のおばちゃん」が「ちょっと兄ちゃん、毎日文化センターてどこにあるんや」などと道を訊いていた。もっとも最近の若者はその頭髪の色調と形状において外国人と区別がつかぬから、それら若者と勘違いしたとも考えられるが日本語の喋れぬその外人はかなり狼狽していた。
「さん」の親戚に「ちゃん」がある。
「さん」「ちゃん」は外国人には難しいらしく、どう使い分けたらいいのか質問されたことがある。「ちゃん」は「さん」よりもずっと軽く対等関係か目下の者に使う愛称であると答えたのだが、こうやって考えるとかなり複雑である。「ちゃん」はマスコミ業界で矢鱈と使われ、学生時代にテレビ局でアルバイトしたことがあるが、「中村ちゃん」などと言われて辟易した。
 それでも「ちゃん」は「さん」ほど非人間に対しての応用範囲が広くない。思い付くのは「飴」を「飴ちゃん」というくらいか。飴と並ぶ「ガム」だって「ガムちゃん」とは言わないし、「ケーキちゃん」も言わぬ。飴以外で食品にはつかぬのようだ。
 あ。「栗ちゃん」というのがあったか。しかし、これは食品ではない。おい、そっちの栗か。
 まあ、飴と並んで舐めるという共通

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1998/02/17
文責:keith中村
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