第64回 方位学


 などとマッキントッシュとたわむれていると、ウィンドウズマシンのほうがぶっとんでしまった。うちのマシンが全部インターネットに出てゆけるよう、一台をいわゆるルータとかゲートウェイとかいうものにしておるのだが、そのマシン経由でやるとローカルネットワーク内のWWWサーバにつないでも、画像が壊れて表示される。ファイルを調べても該当する画像は壊れてもおらずしっかり存在しているので、おかしいなあと思い、ルータのマシンを見るとブルー画面のエラーを出している。キーを押すと瞬間ウィンドウズに戻ってくるが、またブルーになる。これが十回も続いたかと思うととうとううんともすんとも言わなくなってしまった。仕方がないので、リブートすると起動してくれない。フロッピーから起動してディスクを検査するとうじゃうじゃとエラーが出て揚げ句の果てに scandisk が途中でフリーズしてしまった。再起動してまた覗くと、もうハードディスク内はぐしゃぐしゃになっておる。泣きましたよ、私は。
 それが夜三時のことである。抛っとくのも気持悪いので、早速復旧作業開始。ウィンドウズを積みなおして、ゲートウェイを立てて、ポートの設定やらTCPのマッピングなんかを全てやり直したらとうとう、ちゅんちゅんと雀が鳴き始める時間になってしまった。まあ、お蔭でこうやってまたインターネットに出てくることができるようになったのだが、もう無闇と眠い。
 しかし、やはり95は不安定である。NTだって無茶苦茶堅牢というわけではないし。役立たずの古いマックばかり集めている場合ではない。ルータ用にLinuxマシンか何かの自作を検討せねばならないなあ。
 以上、退屈な話で申し訳ない。しかも本論にちっとも関係ない。
 さて。不穏な事件が相次ぐ昨今、どうやら青少年の間ではバタフライナイフが流行しておるようだ。あの、折り畳んだ状態から片手でしゃかしゃかと振って刃を出す、アメリカの不良が持っていそうな、「今夜はビートイット」のプロモーションビデオの乱闘シーンのごとき、バタフライナイフである。由々しきことである。UUCPことではない。
 そういえば私も若かりし頃はバタフライナイフを持っておった。アメリカ映画の不良が恰好よく振り回しているのを見て、欲しくなったのだ。神戸は元町の高架下などという怪しげなところで買ってきた。部屋の中でかしゃかしゃと振り回しては、刃を出す練習をしていたのだが、これがなかなか並み大抵ではない。手は切り傷だらけになるわ、手が滑って方向にふっとんだかと思うと、障子に突きささるわテレビを直撃してブラウン管がぼむ、と煙を吐いて爆発するわ壁に穴はあくわ、そりゃあもう大変であった。流石に練習の甲斐あって両手にそれぞれ持ったバタフライナイフを二本同時にかしゃかしゃとやれるようになり、ひところはどこへ行くにも嬉しそうに持ち歩いていたものだが、今にして思えばただの危ない奴である。しかしこれも本論にはちっとも関係ない。
 さてさて。昨日は節分であった。豆撒きという風習は全国区であるが、大阪ではそれに加えて恵方を向いて巻寿司を丸噛りするという習慣がある。この恵方というやつ、よく判らぬが、毎年変化し、今年は南南東であったらしい。「南南東に巻寿司を喰え」だ。洒落のつもりだがほとんど原形が判らない。すまぬ。それにしても南南東の方向に直立不動となり巻寿司を口に突っ込んでいる図はどう考えても尋常ではない。しかし、これが「恵方を向いて西瓜を丸噛りする」とか「恵方を向いてわんこ蕎麦を八十杯喰う」とか「恵方を向いて一斗樽を飲み干す」などでなかったのは僥倖である。私は考えるのだが、節分の日にひとりくらいは「恵方を向いて尺八をやっておる女子の人」もいたのではあるまいか。いやいや、別に深い意味はない。尺八といっても、私は何も尺八のことをいっておるのではなく、尺八のことをいっているのだから、考え込まぬように。伝統芸能は継承してゆかねばならぬものだ。
 それにしても何とまとまりのない文章だ。まあ、よい。
 恵方というのは方位学とか風水学とか易とかいうものの考え方であろうが、中世日本乃至は中国ではこれが最先端の科学であった。「土左日記」冒頭ある馬の餞というのはこの方位学の考えに基づいた習慣である。方違えというのも頻繁に行われたようである。旅するとき目的地の方角が悪いとわざわざ遠回りしてでも方向を変えて行くあれだ。
 私は主張したい、この現代社会において方位学の失地恢復を。方違えのルネサンスを。考えてもみたまえ。素晴らしいではないか。方位学男というのがいたら、どうなるか。
「こらっ。どうして遅刻したんだ」
「例のことども皆し終へて、解由など取りてのち、方違へせんとてすなり」
「なに。方違えか。それなら仕方がない」
 流石にこの歳になると遅刻しても犬猫じゃあるまいし、「こらっ」などと怒られることもないが、しかし言い訳はそれなりに考えなければならない。しかし、名にしおう方位学男ならば遅刻だってこんな簡単な言い訳で済ますことができるのだ。素晴らしいじゃないか、ええ。
「ああ、すまんがね。週末に出張に行ってくれぬか」
「馬の餞をするにや」
「何。なんだって」
「馬の餞なり。正しきやうにて馬の餞せむ。これこそ国人の鑑なれ」
 難癖つけて断ることができる。
「ちょっと悪い。この書類、すぐに支社に届けてくれ」
「午の刻は適せざるにやあらん。未の刻まで待たれたし」
 その調子だ。がんばれ方位学男っ。
 ところで、「上座」「下座」などという概念もあるが、辞書で「上座」をひくとひととおりの説明のあと、「洋室では暖炉の前」とあった。何故洋室に上座がある。


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1998/02/04
文責:keith中村
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