第6回 猫なんだニャ


「今日は何だか天気がいいニャア」
「僕もそう思うワン」
 などという語尾。この歴史には決して刻まれない発明を称える文章を書いたのは宮沢章夫氏であった。
 漱石は素晴らしい文学者であったが、彼には大きな誤謬があった。

 吾輩は猫である。名前はまだない。どこで産まれたかとんと見當が附かぬ。

 実際、猫はこんな風には喋らぬものなのだ。本当の猫ならかくあるべきだ。

 ぼくは猫なんだニャ。名前はまだないニャ。どこでうまれたか、ちっともわかんニャイのニャア。

 猫は喋らぬという人があろうが、そういう人は自己研鑚が足りぬ。精進すべし。かつて「山は動かぬ」などといっていた人もいたがつはものどもがゆめのあとである。本離れ読書離れが叫ばれて久しいが、もし漱石がこの文体で「猫」を書いていれば状況は少しは変わっていたかもしれぬ。
 この動物言文一致運動の最大の効果は「硬いものを柔らかくする」ということである。一般にいわれるところの「高野豆腐湯戻し効果」である。一般に言ってる人などいないがニャ。

 「異化」という方法論について、僕はここまでおもに言葉、語のレヴェルでそれを考えてきたのであるが、「異化」の有効性の広さは、むしろそれが語のレヴェルから文学のジャンルのレヴェルにまで、またそれを越えてすら力を発揮するところにあろう。シクロフスキーは、「異化」の方法のたくみな使い手としてトルストイを評価したが、やはりトルストイを徹底した「異化」の手法の芸術家とする、ボリス・エイヘンバウムは次のようにいっている。

大江健三郎『小説の方法』岩波書店

 硬い。硬度9.2くらいはある。これでは小説を書こう、ブンガクをやりたいのだ、などと言っているわりには努力の大嫌いな、たとえば私のような読者に作者の意図は伝わらない。やはりこうあるべきだろう。

「異化」するってことについて、僕はここまでおもに言葉、語のレベルで考えてきたんだニャ。でも「異化」がとっても使い道が広くって便利だニャアって思えることは、それが語だけじゃなくって文学のニャンルに、またそれを越えても力を発揮するところにあるニャン。シクロフスキーは「異化」するニャがすっごくうまいんだニャアってトルストイを褒めてるんだけど、おんなじようにトルストイを徹底的な「異化」の芸術家とする、ボリス・エイヘンバウムはこういってるんだニャ。この場合はテッテ的のほうが正しいんだけどニャ。

 ほら、すらすらと読める。

 名前は、オブジェクト、関数、型、値、ラベルを示すんだワン。名前をプログラムに導入するのは宣言によるんだワン。名前を使えるのは、プログラムテキストのある部分の中だけで、それを有効範囲とよぶワン。名前は型をもち、それがその使い方を決定するんだワン。わんわんわん。オブジェクトは、記憶のある領域だワン。オブジェクトは記憶クラスをもち、それがその生涯の時間を決定するワン。オブジェクト中の値の意味は、それにアクセスするのに使う名前の型で決まるんだワン。

B.ストラウストラップ『プログラム言語C++』トッパン

 おお、わんダフル。わかりやすいワン。
 そうか、本当にそう思うか、という声が聞こえてくるが敢えて無視して先へ行こう。
 わたくしの真に主張したいことは、実はこんなことではないのだ。
 血の滲む努力の末、猫言文一致、犬言文一致をあみ出した先人はたしかに偉大であった。しかし、悲劇は良質のフォロワーが不在であったことだ。後継者たちは安易な方向へ、安易な方向へと流れ出したのである。
「おれは象だゾウ」
 なんなんだ、それは。「だゾウ」だと。ただの名前じゃないか。あまつさえ「おれは象だぞう、パオオン」などという文章さえ見受けられるのだ。「パオオン」だと。それは記号ではないか。お前は本当に「ぱおおん」などと鳴く象を見たのか。それはアフリカ象か、インド象か、はたまたナウマン象か人斬り以蔵か、ええ、どうなんだ。
「ぼくはウサギだピョン」
 ちょっと待ちたまえ。「ピョン」は擬態語だろうが。たしかにウサギは跳ねる。十五夜お月さん見て跳ねはするのだが、それは言文一致じゃない。
 鶏に至っては言語道断ウルトラクイズである。自分では何も主張しない。誰かの言葉に無批判に賛同し、羽根をぱたつかせながら、
「そりゃケッコー」
 鶏は張子の虎か。いや、鶏だ。「そりゃケッコー」ってイエスマンか幇間ではないか。
 山羊は取り敢えず紙を喰っては
「こりゃ、うめええええ」
 などという。
「おらあ狸だポン」
「わたしはキツネなのコーン」
「気分がなんだかウキウッキー」
 まさに言語の無政府状態とはこのことだ。しかも、もっと問題なのは、ここでは「鳴き声に不自由な動物」たちが無視されている点だ。
魚「……」
トガリネズミ「……」
キリン「……」
セイウチ「……」
言語障碍の犬「……」
 まあ、黙秘犬なんていうが。
 ところで、ダメ人間ならどうだろう。
「ぼく、ダメ人間なんダメ」
 とほほー。


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1997/10/23
文責:keith中村
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