第53回 畳語


 無謬の人というものはない。誰にでも過ちはある。もちろんスーパー人ならば例外であろう。スーパー人。スーパーひとし君に非ず。すなわち超人である。名高達郎はかつて鳥人だった。いやはや。
 そんなわけであるからして、私にも訂正すべき間違いはある。第21回で 'He was grinning a grin.' というのを「再帰用法」などと書いたがよく考えると「同族目的語」が正しい。まさかこの雑文をネタに人に蘊蓄を傾けようという者はいないと思うが、もしいらっしゃったら至る所にそういう地雷がしこんであるので注意するように。いずれにせよ、些細な間違いではある、私の人生の選択に比べてみれば。
 余談になるが、最近の地雷というのは撤去する必要がないと聞く。飛行機で撒布しておくと一定時間は地雷として機能するが敵を足留めする必要がなくなった時点で信管が無効になり撤去しなくてもよくなるのだそうだ。これはとある軍事マニアから聞いた話である。それにしては「地雷撤去のための募金活動」というものを耳にするがあれは何なのだろうか。
 それから第21回には「畳語」という言葉を用いているが、なぜか「疊語」と旧字になっている。私のマシンの漢字辞書には「疊語」だけで「畳語」が登録されておらんのである。なぜだろう。なぜかしら。
 さて本日はその畳語について考察いたす。
 畳語というのは英語にはほとんどないように思う。私が思い付く英語の畳語はまず「ゴーゴー」である。畳語か、これ。それに「ケンケン」くらいのものである。シシシシと笑うあのケンケンである。畳語なのか、本当に。この二語は続けて言ってはいけない。言えば大騒ぎになる。つまり喧喧囂囂である。
 畳語というのはかなり古くからあるようだ。「所所ニ啼鳥ヲ聴ク」など漢詩にも使われている表現であるから本来は中国にあったものであろう。「段々おうちが遠くなる」、「粲々とした太陽」などは漢語を源にしているが、「すらすら」「がたがた」「うろうろ」のように大和ことばにもある。恐らく漢語の畳語から派生した応用的な用法なのだろう。いずれにしてもほとんどの畳語はかなり古い歴史を持っているようだ。
 そう思って考えると、やはり新しい畳語というものをほとんど思い付かない。これだけ新語や流行語が氾濫しているのだから、畳語のものがあってもよさそうなものなのだが、これがないのだ。
 必死に考えるとようやくひとつだけ思い出した。ただし新語である筈がすでに古びてほぼ死語になってしまったものだ。
 モテモテ。
 どうだ。
 モテモテ。
 今どきこんなこっぱずかしい言葉はない。
 モテモテ。
「俺、最近モテモテなんっすよ。ひゃっほうっ」などという奴はいないし、いても跳び蹴りものだ。
 更に「ギャルにモテモテ」などというと二重に恥ずかしい。ギャルだよ、ギャル。しかもモテモテなんだって。こんな言葉を使うくらいなら舌を噛んで死んだ方がまだましだ。末代までの恥だ。
 しかし、いるのだろうな。えてして中間管理職。「いやあ、山田君。君、ギャルにモテモテなんだってねえ。ひひひ」
 もしそんなことを言われたら、一刀両断に斬り捨てても構わぬ。いいね、山田君。
 モテモテ。それにしてもいつ頃できた言葉なのだろう。他の畳語のような歴史を持っているものではない筈だ。江戸時代にはなかったに違いない。
「世乃介殿はまことにお女中衆にモテモテでござるな。羨ましうござるよ」などと侍が言っているところは想像できない。もし言ってたらやはり斬り捨て御免であろう。なにしろ侍であるしな。
 そういえば、もうひとつ流行語の畳語を思い出した。
 ゲロゲロ。
 ゲロゲーロ。
 いかん。やはり死語か。


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1998/01/14
文責:keith中村
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