第52回 リーチ


 だいたい私には籤運というものがない。統計を取ってみれば「当たらない」という点において有意の数字が出る筈である。かつて当選した籤の中で最大級の景品は、小学校の頃に町内の福引で引き当てた「四等醤油一升壜二本」であるが、これとて自転車で家に持ち帰る途中、割ってしまって母親から大目玉を喰らうという目に遭っている。それにしてもそれで怒られるというのも理不尽な話である。もともと当たらなかったものとあきらめればいいではないか。あっ。これは新年早々じゃんけんに負けた子を叱っていたあの母親と同じだな。
 ところでビンゴである。
「新年大ビンゴ大会っ」幹事が叫ぶ。
「あらあ。私には無理よ」と言ったのは同じテーブルに居合わせた本部総務課の新庄さん(推定四十九歳女性)である。
「どうしてなんですか」私はグラスを置いて訊ねた。
「だって。もうこの年ですもの。そんなに体、柔らかくないし」
 私は眼がまん丸になった。「あの。新庄さん。どういうことでしょう」
「そんなものくぐれないわよ」
 ははあ。なるほど。
「新庄さん。間違っていたらすみません。もしかして、どんどこどんどこどんどこという太鼓に合わせて横に渡した竹をくぐったりしなきゃならんとお考えなのでしょうか」
「だって、ビンゴなんでしょう」
「それはリンボーです。リンボーダンス」
「ああら。そうなの」新庄さんはけらけらけらと笑う。
「まったく。そんなベタなボケ、書いても僕が創作してると思われるだけじゃないですか」
「書くって」
「いや。こっちの話です。とにかく、ビンゴというのはですね」ちょうど配られてきたカードを使って私は説明した。
 新庄さんは深く頷いた。「ふんふん。なるほどね」
 どうしてうちの職場の女性はぼけた、いやいや、鷹揚な人が多いのであろうか。
 それはともかくビンゴである。職場の新年会である。全日空ゲートタワーホテルである。二百五十六メートル地上五十六階建である。
「はいっ。それでは。まず。……27っ」
 幹事が番号を叫ぶ。
 すかさずひとつのテーブルから声が上がる。「リーチっ」
「まだ、なるかいっ」幹事が間、髪を入れずに突っ込む。
 これもお約束の光景である。
 それにしてもビンゴなど当たったためしがない。だいたい私には籤運というものがない。統計を取ってみれば「当たらない」という点において有意の数字が出る筈である。かつて当選した最大級の景品は、町内の福引で当てた醤。
 あれ。あれ。
 どういうことだ。それから読み上げられた4つの数字が次々とフリーホールの一段上に真横に並ぶ。こんなことは初めてだ。
「リーチっ」
 私は声高らかに叫んで立ちあがった。リーチ第一号である。ガス人間第一号ではない。周りのテーブルから「おお」「早い」とどよめきが湧きあがる。みんなかなり酒が入っている。いちばんできあがっているテーブルではへべれけになった連中が銅鑼声で私の名を連呼したりしておる。「パソコン」ん。誰だ、今のは。「パソコン」。こらこら「パソコン」と呼ぶのはよせ、「パソコン」は。
「何番でビンゴですかあっ」幹事が壇上から訊く。
「18。18番っ」
「さあっ。それでは18番だけは出さないようにしましょうっ」
 周囲がどっと湧く。これもお約束。
「それでは続けます。59っ」
 それから何度目かのコール。なかなかビンゴが来ない。
「リーチ」
「リーチ」
 どんどんリーチがかかる。ビンゴは来ない。
「36っ」
「ビンゴッ」
 ちなみにこれは私ではない。
「おめでとうございます。さあっ。前へ」幹事が当選者を招く。「賞品は三万円の旅行券でえすっ」
 拍手。そして続行。私には来ない。
「ビンゴッ」ああっ。ラジカセを持っていかれた。
「ビンゴッ」おおっ。ポータブルCDプレイヤー持っていかれた。
「ビンゴッ」げっ。一万円分の商品券も持っていかれた。
 もうほとんどの者が立っている。
「収拾がつきません。皆さん、一度座ってください」と幹事。
 私が座ろうとすると「ああ。あなたは立っておきなさい。なかなか来ませんねえ。頑張ってください」
「頑張れっ、パソコン」
 だからパソコンと呼ぶなってば。それにしてもいったい、どう頑張るのだよ。
 私のカードはこれ以上ないくらい穴だらけになっている。あと開いてないのは七つだけである。18、29、7、10、69、53、2。そのどれが入ってもビンゴである。なのにそこからちっとも来ないのだ。
 だいたい私には籤運というものがないのだ。統計でも取ってみれば「当たらない」という点において有意の数字が出るだろう。かつて当選した景品で最大級のものは町内の福引で引き当てた醤。「29」。お。おおっ。
 よっしゃあっ。来たあっ。
「び、びんごおっ」
「ついに来ましたか」と幹事。笑いとともに拍手が上がる。
「やったな。パソコン」パソコンはよせ、パソコンは。
 図書カードである。五千円分である。ピーターラビットの絵がついているのである。
 なんという偶然。先程ここに来る前に立ち寄った旭屋書店でおよそ五千円分本を買ったところだ。無駄遣いしちまったかなあ、と思っていたのだ。これで相殺できたことになる。
 この時点で景品はあと二人分しか残っていなかったらしい。あれだけ早くリーチがかかりながら、どういうことか。
 ふん。大器晩成型なのさっ。


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1998/01/10
文責:keith中村
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