第50回 正月バクチャーズ


 学生時代はほんとうに麻雀ばかり打っていた。一年三百六十五日のうち、三百六十日は打っていたはずだ。
 私は七年も大学に通った。いや授業にはまったく出ていなかったので「通った」というよりは「ただ籍を置いていた」だけなのであり、ともかくその揚げ句に中退したのだが、流石に七年もいると、世間ではいろいろな出来事があった。
 先の天皇が崩御し年号が改まるわ、ベルリンの壁は崩壊するわ、ソビエト連邦は瓦解するわ、ストーンズは初来日するわ、おまけにポール・マッカートニーまで来日するわ、下宿にもかかわらずこっそり飼っていた猫は仔を産んでどんどん殖えてとうとう三世代にもなるわ、インターネットは普及するわで、その間私は何をしていたのかというと、これが麻雀だ。
 住んでいたのが六畳ひと間風呂なし共同便所という典型的な学生下宿であり、しかも最盛期には二十部屋ほどの下宿の六部屋まで我々の仲間が占めていたので、じゃらじゃらという牌の音が絶えることはなかった。
 堪りかねた隣室の学生が「おっ、お前らっ。麻雀したかったら雀荘に行けえっ」と怒鳴り込んで来ることも少なくなかった。
 その頃我々は正月ごとに誰かの家に集まって麻雀を打つということをやっていた。ほとんど毎日打っているわけで、わざわざ正月にまで麻雀もないものだが、そこを敢えて打つのが粋なのであった。
 これが正月バクチャーズ、我々の年中行事である。
 今年も一月三日に先輩宅にお邪魔して正月バクチャーズの会をとりおこなってきた。学生時代にあれだけ打っていた麻雀であるが、今では正月でもなければそんな機会が持てない。
 子持ちになっている者も多い。
 今年で第十二回である。遂に正月バクチャーズも結成以来ひとまわりしたわけであり、なかなか感慨深いものがあった。
 二年前には十周年ということで正月バクチャーズ・スペシャル、韓国カジノ・ツアーが実施されたのだが、残念ながら私は参加できなかった。
 というのも訳がある。
 私はその頃まだパスポートを所有していなかったので、取得しようとした。申請には戸籍抄本が必要であり、私は実家に抄本をとっておいてくれるよう架電した。電話に母親が出た。
「戸籍を何に使うのだ」
「パスポートを取得する」
「どこにゆくのだ」
「韓国である」
「何をしにゆくのだ」
「博奕である」
 うっかり博奕などといったのが悪かったか、母親は急に怒り始めた。
「お前はなんという親不孝であることか。博奕にゆくだと。いつからお前はそんな馬鹿野郎になったのか、このすっとこどっこい。ふざけたこと言っている暇があったら、まっとうに仕事に専念せよ」
 私は、弁明した。
「博奕といっても歴とした国営カジノである。日本からの観光客もあまた訪う場所である。決していかがわしいところではない。いわば普通の観光旅行の一環としてカジノにゆくというだけのことだ。とにかく役所に行って戸籍抄本を貰ってきてくれ」
 そう言って電話を切った。しばらくすると父親から架電。
「母さんから聞いた。博奕に行くだと。お前はいつからそんな大馬鹿者になったのか。そんな暇あったら親孝行のひとつでもせよ」
 また私は説明した。ところが、
「お前はいかがわしくないというが、ぜんたいいかがわしくない賭博場などが存在するわけがない。それにお前は幼い頃から射倖心が強い。きっと向こうで帰国の為の金まで使い果たして、野垂れ死ぬのだ」
 母親に代わった。
「よし、無事に帰国したとしても、悪の世界に染まったお前は日本でも博奕に手を出し、やがては莫大な借金をおって、やくざに殺されるのだ」
 私は誇張して書いているのではない。父母は本当にこう言ったのだ。話しているうちに頭がくらくらしてきた。コノヒトタチハ、イツタイナニヲ、シャベツテヰルノダ。ここは本当に現代日本なのか。
 やがて母親はよよよと泣き始めた。何なんだ。私はもう面倒くさくなって「わかった。もういい」と電話を切った。切る直前の受話器から「そんなことをすると勘当ものだぞ」という声が聞こえてきた。
 両親がここまで旧弊な思考の持ち主であるとは知らなかったので私は少なからず吃驚した。何を言っておるのだと腹が立ったが、冷静に考えるとなかなか面白い。ここまで訳が分らん人はそうそういるものではないのではあるまいか。滅びゆく保護すべき生物ではないか。しばらくは会う人会う人にこの話を面白おかしく語った。まあ、旅行にいけなかった代わりに大いに笑いをとれたのでよしとしよう。文学者は親との確執があって一人前であるし。文学者じゃないだろ。
 今年のバクチャーズは私の圧勝であった。良い年になりそうである。
 そういえば、学生時代は麻雀どころか、深夜に平気でギターをかき鳴らしたりもしていた。メンツが揃っていたのに珍しく麻雀もせず、みんなで大声張り上げてギターに合せて歌っていたことがあった。
「おっ。お前らあっ。何時だと思っている。歌いたかったらっ」
 いつも「雀荘に行け」と怒鳴り込んでくる兄ちゃんが、怒号と共に扉を開けた。
「歌いたかったらなっ。歌いたかったら……」顔が怒りで高潮していた。
「……カラオケ行ってこい」


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


1998/01/08
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com