第5回 しようもないことを言ふ


 最近の、などといふ書き出しで始めるのは歳を取つた證據かもしれぬがまあ、最近の若い衆の着用してゐる被服などは何がいいのかさつぱり判然とせぬものが多い、などと書いてゐると本當に歳を取つたものだと思つてしまふので書いてゐても忸怩たる思ひがある。
 書き出しからいきなりよれよれの文章になつてしまつたが、とにかく仕事場に「チェックメイト」なる男性向けファッション雜誌があつたとしやう。そんなものを持つてきたのはアルバイトの山崎君である。座つてゐた彼のまへに置いてあつたその雜誌の裏表紙にリーヴァイスの503なるジーンズの宣傳があつたので、「ああ。リーヴァイスは昔からあるよなあ」などと言ふと、山崎君、「どれくらい前ですか」と訊いてきたので、「それは、豊臣秀吉がまだ日吉丸と呼ばれてゐた頃だ」と言ひかけてこれは既に何遍も言つてゐることに氣がついたので、ぐつと踏ん張り、「日露戦爭の頃だ」などとまた出まかせを口にした。「乃木希典も、實はリーヴァイスが氣にいつてゐたんだ」などといふ。「彼のお氣に入りは、ほれ、203番だ」などと言ふもあまり受けなかつた。そこで、今度は
「このチェックメイトって雜誌だって、随分昔からあるんだ」
「して、それはいつから」
 そこで私は雜誌を手に取ると裏表紙の端にある「第三種郵便物認可」の日付を確かめながら「ええと、どれどれ。元禄十六年一月……」
「またまた」などと言ふ。何がまたまたなのだ、失敬な。假にも上司に向かつて「またまた」などとは、ええい、昔なら切腹ものぞよ、などと既に俺は自分の出まかせによつて喚起される虚構の世界に入りつつある。
「ほんとほんと。創刊号の特集は『討ち入りに見る華麗な衣装』だったんだってば」
「本当ですか」
「ああ。本当だとも。ただ、当時の誌名は『竹馬の友』だったんだけどな」
「はあ」ぽかんとしてゐるので、
「それが、維新後の欧化の風潮でチェックメイトになったんだ。ほれ、竹馬の友、英語にしてみな。『チックばメイト』」
 ここでは「ば」を如何にさりげなく弱く發音できるかが肝要となる。となる、などと偉さうに言ふほどこともないがな。
「そのあと、もっぺん名前が日本語になるんですよね」
「ふむ」
「だから。大戦中ですよ。敵性外国語はいかんというのでね。『王手』ってね」
 私がダメ人間の素質ありと認めてゐる奴だけあつて飮み込みが早い。餘談になるが、彼は學生の分際で携帶電話なんぞを所有してゐる。まあそれはいいのだが、これまでに三回も電話を取りかへてをり、その理由が「料金滯納で差し押さへられた」だといふのが素晴らしい。またこれまでに何度もこの職場にまで信販會社からの彼あての督促電話がかかつてゐる。その邊り、なんとなくかつての自分を見てゐるやうで微笑ましい。微笑むことぢやあないけれども。
 餘談の餘談になるが、ダメ人間は金に頓着しない。決してみだりに大きな買い物をする譯ではないのだが、かといつて儉約などと言ふ言葉は知らぬので必然として慢性的な金錢缺乏状態にあるのだ。私には學生時代に運轉免許を取るといつて親から二十萬圓貰い、少しなら構わないかと思つて使ふうち、遂に全部なくなつてしまつたという經歴があるのだが、かつてこれと同じことをやつた人間は、パソコン通信してゐた時代に出會つた橋本君だけである。彼もまた立派なダメ人間であつたのだが、今でも元氣だらうか、橋本君。
 ちなみに詩人のねじめ正一氏も同じく運轉免許代を使ひ込んだことがあると何かで讀んだことがあるが、やはり氏もダメ人間なのだらう、何といつても詩人だしね。
 とにかくそんな譯で私には運轉免許がない。


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1997/10/22
文責:keith中村
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