第49回 新年早々


 小雨が降っておるというに、私はパソコンショップ「ソフマップ」の前にいる。じゃんけんをするためである。
 年末にソフマップのサイトで、一月一日正午より一名に一九九八円で「PM750C」を販売という記事を見たのだ。但しじゃんけんで勝ち残ったひとりに一台きりだという。そんなわけで私は雨の中、日本橋まで出向いてきたのだった。
 十一時半ごろ店先にたどり着くとすでに二十名くらい集まっておる。私は列に並んだ。あとからもぽつりぽつり人がやってくる。やがて、店内から背広の男が拡声器を持って出てきた。
「はい。みなさん、あけましておめでとうございます」
「おめでとおございまあす」
 なんだなんだ。行列の人間も挨拶を返しておる。
「こちらにお並びの方はみなさん、じゃんけんマッチの方でしょうか。そうだ、という方、挙手を願います」
「はあい」
 一斉に手を挙げる。私もおずおず手を挙げた。
「本日の商品はエプソンのカラープリンタPM750Cです。これを一名様に一九九八円で販売いたします」
 へ。カラープリンタ。
 そういえば、私はPM750Cという製品が何であるかすら確かめずにここにきてしまったのだ。PMというから何となく「パワーマック」だと思い、最後に「C」とあるから、アップルのカラーノートだと思い込んでいたのだ。だいたいアップルの製品というのは数字をやたらに使うので、ややこしい。パワーブックが一九九八円なら破格ではないかと思いやってきたのだ。
 よく考えるとパワーブックは「PB」である。なんということだ。私は欲しくもないカラープリンタの行列に並んでいるのだ。
 やがて十二時すこし前になった。拡声器の男が言う。
「ええと。この中でじゃんけんマッチはしないよ、買いものに来ただけだよ、というお客様、こちらからお入りください」
 何人かの客がぞろぞろ移動する。
「いや、私は新年早々じゃんけんマッチをするのだ、という方、もう少しお待ちください」
 新年早々じゃんけんマッチ、と来た。
「新年早々」というのは普通負のイメージに使う言葉ではないのか。
 新年早々事故にあった。
 新年早々風邪をひいた。
 新年早々役満を振り込んだ。
 買いものに来ただけの客は店内に入ってゆく。新年早々じゃんけんをやりにきた我々は庇の下で雨を避けて並んでいる。新年早々隔離されているような気になる。なんということだ。私は新年早々じゃんけんなどをやるのだよ。しかも欲しくもないカラープリンタだ。列を離脱しようか。いや、どうせあと二、三分でいいのだ。折角だからこのまま居よう。
「はい。十二時になりました。みなさま、本日は新年早々じゃんけんマッチに参加いただきまことにありがとうございます」
 なんとなく馬鹿にされているように聞こえる。
 拡声器の男はルールを説明する。男が手を高く挙げてじゃんけんをする。みんながそれに合せて手を挙げ、一対多のじゃんけんになるのだ。男に勝った者だけが勝ち残ってゆく。あいこ、も負けなんだそうだ。
「では練習です。じゃあんけん、ぽいっ」一斉に手が挙がる。「はい。結構です。今のタイミングで参ります。ではっ」
 男の声がやや大きくなる。「じゃあんけん、ぽいっ」男の手はチョキであった。「はい。グー以外のみなさん、残念でした」
 私は大きくパーに挙げていた手を降ろした。一回戦敗退である。
 せっかくだから顛末を見届けることにした。二度三度じゃんけんが繰り返され、客が篩に掛けられてゆく。やがて三人にまで絞り込まれた。三十過ぎの男、三年生くらいの男の子、五年生くらいの男の子、である。ここからは、拡声器の男をまじえず、三つ巴の勝負になった。
 じゃんけん、ぽん。グー、グー、チョキ。三十男離脱。
 子供同士の一騎討ちである。双方、親子連れ。なるほど。プリンタを欲しいのは親で、勝利の確率をあげるべく子供を駆り出したか。それぞれの母親が子供に声を掛ける。「しっかり。勝ちなさいっ」
 じゃんけん、ぽん。チョキ、パー。
 大きい方の男の子が勝った。母親が嬌声を挙げてぴょんぴょん跳ねる。「やった。やった」
 周囲の観衆から拍手。気づけば私も拍手していた。なんなんだ。
 拡声器の男が、男の子に訊ねる。「お名前は」
「たける」
 大人が勝っていてもやはり名前を訊ねたのだろうか。ちょっとあれだな。たける君はにこにこ顔のお母さんとともにレジへ向かった。
 ふと見ると負けた方の男の子と母親がなんとも言えぬ苦い顔で立ちつくしている。私は少々興味をそそられ、行動を見守ることにした。
 二人は帰らずに店内に入る。後を尾けてエスカレーターに乗った。
「もうっ。ほんとにこの子は。どうしてあそこでグーを出さないのっ」
「そんな、仕方ないよお」
 母親が男の子を叱り付けている。こらこら。そういうあんたはもっと前の時点で負けてたんでしょ。
「駄目な子ねえ」
 ああ、とうとう駄目な子の烙印をおされてしまった。理不尽だぞ、その怒りは、お母さんよ。男の子もさすがにかちんときたのか、とうとう口論になってしまった。
 新年早々、じゃんけんごときで口論である。
 私は二人から離れ店内をぶらつくことにしたのだが、移動のペースが同じなのかその後も各階で二人を見掛けた。そのたびにいつまでたっても口論していた。最後にゲームソフトの売り場で見た時には、
「ええ。買ってくれるっていってたのに」
「負けたから駄目」
 などという声が聞きとれた。私は「クウェーク2」を買ってその場を後にした。
 一階で今度はたける君を見掛けた。勝者の顔に浮かぶは余裕の笑みであった。

 帰ってきてからは、新年早々ゲームで一日を潰してしまった。凄いですね、クウェーク2。


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1998/01/02
文責:keith中村
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