第46回 青色の時代


 パーツ屋が少なくなった。私が子供だった頃は日本橋でもメインストリートの堺筋に面したパーツ屋がいくつもあったと記憶しているのだが、今ではめっきり減ってしまった。パーツ屋といっても分らない人のほうが多いであろう。電子部品を小売りしてくれる店のことである。抵抗だのICだのコンデンサだのトランスだのダイオードだのスイッチだのを扱っている。
 先日日本橋へいった折り、ぶらりとパーツ屋に入った。共立電子という、その筋では有名な店である。久しぶりである。パーツ屋の暖簾をくぐるのはかれこれ十五年ぶりか。暖簾などないが。
 ビルの二階にある狭い店内にはぎっしりと電子部品の並ぶ棚がある。まず、入り口のところでトレイを取って、それに部品を乗せてレジに持っていくという仕組みである。
 私は特に目的も持たず店内をうろうろした。あれこれ見ているうちにこないだ購入したマッキントッシュのカラークラシック2を思い出した。以前にも書いたようにこのマシンは、性能的には前世代あるいは前前世代に属するマシンであるが、マッキントッシュの象徴であるコンパクトな一体型なので未だに中古市場では高値がつく人気機種である。
「そうだ。あのマックを改造しよう」
 カラークラシック2は512×384というえらく低い解像度なのであるが、これを640×480というATでいうところのVGAに改造するというのが巷で流行っているようなのだ。いや、本当のところは巷で流行ってなどいないのかもしれない。「先日カラクラを改造する折り、静電気でロジックボードを壊してしまいました。すっかり冬ですね」などという書き出しの手紙を受け取ったこともなければ、「今女子高生の間で大流行、わたしのカラクラ改造計画」などという見出しの週刊誌を見たこともない。
 この改造は確か抵抗一本でできた筈である。その抵抗が四.七キロオームであることも記憶していた。そこで抵抗を買うことにした。抵抗、正確には電気抵抗器というものをご存じだろうか。鉄唖鈴の両側から電気線が生えたような形状をしており幅は六ミリくらい。唖鈴の軸にあたる部分には四色の線が環状に塗装されている。この色の組み合わせが抵抗値を表し、四.七キロオームの場合は黄紫赤金となる。
 それが抵抗である。RイコールI/Eである。Eイコールmc自乗である。十円である。どうだ、この安さは。「はい。抵抗です。抵抗ですみません。抵抗してしまうんです。十円なんです。安くてすみません」などという謙虚さすら感じるではないか。
 店内には他に大学生らしき二人の男がいたのだが、彼らの話し声が聞こえてきた。
「これからは青色LEDの時代だよな」
「もう青色でなくちゃ駄目だよな」
 ものすごいことになっている。私の預かり知らぬところで時代は大変なことになっているのだ。なにしろ「青色LEDの時代」である。ご存知でないかたのために言うが、LEDとはライト・エミッタ・ダイオード、すなわち発光ダイオードのことである。あなたがこれを読むのに使っているコンピュータに二個や三個は付いている、赤や緑や黄色のランプである。
「青色LEDの時代」
 これはえらいことだ。声に出して読むと、かなり衝撃的だ。「青色LEDの時代」
 私は時代の最先端たる青色LEDを見ようとそちらに近づいた。
 赤色LEDが無造作に何十個もこまかく区切った箱に入っている。黄色LEDもその横に乱雑に置いてある。かつてはやや高級品だった緑色LEDも今では赤や黄色と同じく箱の中で犇めいている。さて、青色LEDはどこだ。
「おお。これか」
 流石は時代の覇者たる青色LED様だ。そこいらの赤や黄とは扱いが違う。なんと一つひとつ袋に入れて売ってあるではないか。袋には「超高輝度LED」とある。最先端だけあって、流行の「超」をも取り込んでいる。安物の赤色LEDなどは点灯する前から赤色なのだが、この青色LED様は透明である。電流を流してはじめて青色に輝くのだ。能ある鷹は爪隠すとはこういうことなのだな。
 青。なんと高貴な色であろう。元華族かも知れぬ。
「※大変静電気に弱い造りとなっております。お取り扱いにご注意ください」
 青色LED様は繊細なご様子である。少々の静電気ではびくともしない赤色LEDとはやはり格が違う。
 値段も貴族階級である。数十円で購える他の色とは異なり、七百円以上する。たかだかダイオードひとつが、である。
「貧乏人は赤色を喰え」「青色がなけりゃ、赤色を食べればいいじゃないの」ということか。庶民の敵なのか。
 ええい、馬鹿にするな。高いといってもたかが七百円じゃねえか。それくらい買ってやらあ。
 今から思えば私はいったい誰に向かって啖呵をきっていたのだろう。
 とにかく、いま、青色LED様が眼の前におわします。せっかくだからカラクラの電源LEDをこれにつけかえてやろうと思っている。これも巷で流行っているようであるし。しかし、どこの巷なんだろうな。
 さて、最後に役に立たない蘊蓄をひとつ。発光ダイオードは半導体であるから極性があり、逆に接続すると点灯しない。そこで二本の足の長さを変えて、プラスマイナス(ダイオードの場合はアノード、カソードという)を識別できるようにしているのである。どうだ、全然役に立たない知識だろう。まいったか。
 それでね。話はここからなんですよ。実はね、私、かれこれ十五年もそんなものに触ってなかったんで、長短どちらの足がアノードでカソードだか忘れてしまってるんですよ、これが。読んでくださっているなかには技術者とかそういうあれな人もいらっしゃることと思われます。ご存知の方、どうか教えてください。ほんと、頼みます。


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1997/12/24
文責:keith中村
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