第41回 骨


 十八世紀の初め、ドイツにヨハンネス・ベリンゲルという地質学の教授がいた。彼は化石の採集に熱心であり、近所の地層から多くの化石を掘り出していた。
 さて、彼の教え子の学生に悪戯者がいた。残念なことに名前は伝わっていない。この学生、ベリンゲル先生をからかってやれと思い、教授の立ち回りそうな場所にあらかじめいろいろなものを埋めておいた。
 手始めに月の模様を刻んだ石である。
 ベリンゲル教授、今日も今日とて発掘にやってきた。しばらく掘っていると何やら硬い石を掘りあてた。泥を落としてよく見ると何と月が刻まれているではないか。教授は狂喜した。この地層は三畳紀のものだ。三畳紀というのは二億年以上昔の年代である。二億年である。二年を置くのではないのだ。アンモナイトさんが海底を這いずっていた頃である。月を象った石が出土したということは、その時代に人類かあるいは他の知的生物が生存していた証しではないか。ベリンゲル教授は喜び勇んでその石を持ち帰った。
 翌日大学でこの発見を興奮ぎみに話す教授。くだんの悪戯学生、今度は月や太陽を刻んだ石を埋めておいた。
 やってきた教授があやまたずこれを掘りあてる。世紀の大発見だ。興奮する教授。
 調子に乗った学生は今度はヘブル文字やバビロン文字を刻んだ岩を埋めた。
 またまたこれを掘りあててしまうベリンゲル教授。おおこれは、人類がその年代に存在していた証左ではないか。なんということだ。素晴らしい。凄い。きゃー。
 まだ地質学の揺籃期であったのかもしれぬが、それにしても少しはおかしいと思わなかったのだろうか。それともこういうのを学者馬鹿というのだろうか。とにかくこの発見を疑うということをしなかったベリンゲル教授は一七二六年にとうとう集めた石の図版を収録した図鑑を発表してしまったのだ。恐らく学会をこれほど震撼させた出版物はなかったことだろう。
 さてさて。件の学生である。彼はどんな気持ちだったのだろう。ぎゃはは、あの馬鹿、とうとう本まで出版しやがった、と思ったか、あるいは、どひゃあ、えらいことになってしまったよう、あの先生ここまで信じるかあ、と思ったか。それはもう判らぬことである。
 いずれにせよこの学生は、悪戯であることを何とか教授に伝えようと思い一計を案じた。
 出版後も足しげくこの地層に通っていたベリンゲル教授、発掘調査をしているとひとつの岩に出くわした。土を拭ってみるとなにやら文字が書いてある。やった、また発見した、と思ってよく見るとその岩にはなんと「ヨハンネス・ベリンゲル」と書いてあるではないか。
 これは、いったいどういうことだ。教授は考えた。偶然の一致か、あるいは過去の予言者が私にあてたメッセージか。いや。ま、まさか。これはもしや。コレハモシヤ。「いたづらだつたのではあるまいか」。ああっ。やられたっ。
 この瞬間のベリンゲル教授の心中を想像すると本当に気の毒に思う。
 さあ、それからの生涯を彼はどうしたか。なんとまあ哀れなことに自著の回収に費やしたのだそうだ。しかも可哀想なことには結局全部を回収しおわる前に彼は亡くなってしまった。

 この話の教訓は何であろう。
 騙されるなら一生騙され続けたほうが幸いだということか。
 視野狭窄に陥ってまっとうな判断をなくしてしまってはいけないということか。
 何時の時代も学生は変わらぬものであるということか。
 いや。
 私はこう考えるのだ。
「むやみに穴を掘ってはいけない」

 子供の頃、恐竜ブームというのががやってきた。私も宝塚ファミリーランドへイグアノドンの皮膚の化石を触りにいったものである。
 で、自分でも化石を発掘しようと思い、そこいらの山の地層を掘りまくっていた。
 すると、なにやら素焼きの土器のようなものが出土した。さらに掘り進むと、出るわ出るわ、大量の土器が。しまいには何やら骨のようなものも出てきた。もしかしたら古代人の住居跡でも探り当てたか。喜びいさんで家に持ち帰り、収穫物を自慢げに母親に見せた。
 にわかに母親が蒼くなった。
「あ、あんたっ。これ、どこから掘ってきたんやっ」
 場所を告げると、
「あっ、阿呆っ。阿呆んだらっ。これ、『お骨』やないかっ。とっとと返してきなさいっ。きいいっ」
 どうやら私は昔の土葬の墓を掘り当ててしまったようだ。これだから田舎は油断ができない。
 しょんぼりと返しにゆく背中に思いっきり塩を撒かれてしまった。こらこら、塩はよせ、塩は。


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1997/12/14
文責:keith中村
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