第38回 鉢巻きはどうなった


 鉢巻きというものはいったいどこに行けば購うことができるのだという話になった。仕事場で、である。今日は所属長が休みである。こんな日はだらだら時間が過ぎる。などと書くと、鬼の居ぬ間のなんとやら、で私が仕事をさぼっていると誤解される向きもあろうが、それは心外である。なんとなれば仕事ならいつでもさぼっている。今日は「仕事をしている振り」をしなくてもよい日なのである。
 さて、鉢巻きはどこで買えるのか。鉢巻きというものは、そう頻繁に使用するものではない。使用というのか着用というのか、知らぬけれども。
 しかし、我々はいつ何時火急の用あって鉢巻きを購買せねばならぬようにならぬとも限らぬではないか。いざという時のために、鉢巻きの入手経路を検討するというのも悪くない。
 あれは買うものではなく、作るものではないのかしらと言うのは事務の保井さんだ。いや。川田君がこれを反駁する。社会的分業が爛熟しているこの現代社会において、おのづから生産せねばならぬような品物はない。きっとどこかで誰かが販売している筈だ。
 川田君は自分で葡萄を潰してワインを作っている。個人の飲酒目的ではあるが、密造酒である。しかも胡麻豆腐まで自分で作る。個人の摂取目的ではあるが、密造胡麻豆腐である。そういう自給自足人の発言であるから、これはやや説得力に欠けるきらいもあるが、確かに彼のいう通りかもしれない。売っている所はきっとある筈だ。
 川田君は重ねていう。鉢巻きとタオルは似ている。似てないぞという私の言葉を無視し、うちの実家では、と続ける。川田君の実家は餅屋である。中元やら歳暮やらで得意先にタオルを進呈するのだが、その際タオルを卸から買ってきて、印刷屋に出し店の名前を刷ってもらうのだそうだ。同様にして鉢巻きを得意先に配布して回る店というものがないとも言えず、ゆえに鉢巻きの卸売業というものもきっと存在する筈だ。彼はそう主張する。なるほど。ありそうな気もしてきた。実際にタオルを配っている商店の息子がいうのである。餅は餅屋だ。しかも本当に餅屋だ。
 よし。ここまでひたすら聞き手にまわっていた私が発言した。加山さんに訊いてみようではないか。そう。町のことならタウンページ。棚から引っ張りだして検索を開始する。
 は、は、は。はち、はち。はちみつ。違う。駄目だ。鉢巻きという項目はない。蜂蜜はあるというのになぜ鉢巻きがない。
 タオルで調べてみてはどうか、と依然鉢巻きとタオルの類似性に固執する川田君が言う。そこまで言うなら調べてやろうではないか。たおるタオルと。げ。あり過ぎる。流石に全国のタオル生産高一位を誇る泉州だ。ページを繰れども繰れどもタオル業者の名前が続く。広告もたくさん掲載されている。「ハッピータオル」などという店があり、なんだと思って見ると、法被とタオルを扱っていたりする。くそ、駄洒落じゃねえか。だが、そうやって祭礼衣装を同時に扱っておるところも多い。祭礼というのはきっとだんじりのことだろうな。しかし鉢巻きは見当たらぬ。どういうことだ。
 ぱらぱらページをめくっているとペット霊園・葬祭などという項目に行き着いた。ページの半分を占拠してでかでかと広告を掲載しているところがある。
「可愛いペットのために。お宅のペットがいざという時にも安心です」
 いざという時、という婉曲表現がなかなか行き届いている。
「移動火葬車で御自宅まで出張!!」という文字の下に、その移動火葬車らしきイラストがついている。運転手は笑い顔の犬である。
「においも、煙も出ないので安心です」なにやら焼き肉屋のロースターやら噴煙式殺虫剤を連想させる。
「ご指定の場所で火葬・骨揚げ・返骨致します」
 骨揚げ、返骨という単語がプロフェッショナルである。しかし、こんな車にやってこられて家の前で火葬をおっぱじめられた日にゃ近所迷惑じゃないのか。たとえにおいも煙も出ないにせよ。
 広告の中央には、でかでかと仏壇の写真が載せてある。この仏壇、見たところ人間のものと何ら変わりないくらい立派である。中央にしっかり遺影が立てかけてあるのだが、な、なんだこれは。
 黒いリボンをつけた遺影には、猫が写っている。まあ、猫の葬式なんだから猫が写ってもよしとしよう。
 しかし、だ。この猫は紋付袴なのであった。紋付を着た人間の写真の首だけを猫にすげ替えやがったな。なんだかちょっと恐すぎる。みなさんに写真をお見せできなくて残念だ。想像していただきたい。黒い縁の写真に写っている紋付袴の猫。しかもブチネコである。「なめんなよ」の猫田玉吉を思い出す。なめ猫の運転免許証には「死ぬまで有効」と記載されていたものだが、こっちはもう死んでいるわけだ。関係ないが、ますむらひろしさんの漫画にも二本足で直立歩行する猫がよく登場する。
 愛猫の死に際して、気合いの入った飼い主ならきっと坊主まで呼ぶのだろう。紋付袴の猫に読経する坊主、そんなものにだけは私はなりたくはない。
 猫ならまだよろしい。これが馬ならどうする。それでもやっぱり坊主を呼ぶやつもいるのだろうな。
 馬の耳に念仏。って、それがオチかい。鉢巻きはどうなったんだ。


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1997/12/11
文責:keith中村
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