第363回 獺祭書屋主人異聞


 かつて各種辞書のCD−ROM版が登場しはじめた時期に、こういう意見があった。いわく、辞書をひいていると、たまたま眼に入った別の見出しについつい寄り道してしまうことがあるが、これには思わぬ発見や知らなかった語彙をもたらしてくれるという効用がある、辞書が電子化してしまえば知りたい単語そのものだけをひくことができて便利ではあるが、これでは寄り道の醍醐味が損なわれてしまう、というしまうものだ。大掃除しているときに出てきた古い新聞の記事についつい読みふけってしまう行為と同質の愉しみが、コンピュータ化によってなくなってしまうという提言である。
 コンピュータの領域ではこのような寄り道対象となる情報は「ノイズ」と称され、設計者たちはこれを可能な限り低減させることに腐心しているわけだが、むしろそのノイズを期待する視点からすれば、設計者たちの努力は、便利さ高速さと引き換えの痛し痒しのものでもある。
 たしかに辞書のように見出しと内容がほぼ一対一対応している事例では、電子化することで「愉しきノイズ」が喪失されるが、逆にコンピュータによってはじめて実現される寄り道もある。全文検索エンジンがそうである。これは辞書と違い、入力に対する一対多対応となっている仕組みだから、いきおいノイズの混入率が高くなるわけだ。
 もちろんノイズはあくまでノイズであるから、仕事で調べものをしている時には邪魔ものでしかない。特に困るのが、一般名詞がそのまま商標なり商品名なりの固有名詞になったものを調べたい場合である。たとえば、アクセスというデータベースアプリケーションがあるが、これについて調べようとするとかなり困るのだ。access という英単語は今さら訳せないくらい、名詞もしくはサ変動詞の日本語として定着してしまっているから「アクセス」だけで検索するとマイクロソフトの商品としての「アクセス」以外のノイズの方が多くひっかかってくる。では、「データベース」「アクセス」の二語でやればどうかというと、これまた「データベースにアクセスする」という言い回しがあって、これらの単語が組で使われることが多いのため、結局「データベース」だけで検索したのと変わらないくらい広い検索結果がヒットしてしまうのである。
 しかし、仕事やら急ぎやらでなければ、これらノイズが齎す思いがけない情報を愉しむゆとりも出てくるというものだ。
 先日「哲学」「概念」など明治時代の新語造語を調べているときにたまたまたどり着いたページで「野球」という訳語についてひとつの事実に行き当たった。ご存知の方も多いだろうが、一般にこの訳語は正岡子規が考えたものと伝えられている。私も子供の頃なにかの本で野球好きの正岡子規が自分の本名「升(のぼる)」から「野(の)球(ボール)」ともじって名づけたのだと読んで、ふむふむと感心していたのだが、実はこれは間違いなのだそうだ。
 こういう記述に出喰わしたのである。
「野球という言葉は一高の野球部員であった中馬庚が作った」
 子規ではなかったのだそうだ。よくよく考えると、なるほど子規の本名はたしか常規であって升ではない。と思ったが調べてみると、幼名「處之助」あらため「升」、かつ本名「常規」らしい。出世魚ですか。昔の人の名はややこしい。更には、子規が升から野球(ノボール)ともじったのは事実だが、ベースボールの訳語としてこれを使ったことはなく、あくまで雅号としてのみ用いていたらしいことも判った。ちなみに處之助から改めたのは悪餓鬼からトコロテンと言ってからかわれないようというのが理由。昔からあったんだな、そういう苛めは。
 いずれにせよ、子規ではなかった。
 随分前に私は、無名のさまざまな人間の業績は時代の代表たるひとりの有名人の業績に集約されて語り継がれてゆくものだ、と指摘したことがあるが、これもまさにその例だったのである。
 ところで、「野球という言葉は一高の野球部員であった中馬庚が作った」という一文を改めて見返してみると、これはちょっと撞着ぎみの言い回しである。
 ここで気になるのは次のことだ。
「いったい旧制一高の野球部はそれまでなんと称されていたのか」
 野球部員がこの言葉を作ったとなれば、くだんの球技が伝わって部が設立されてからもしばらくは「野球」とは呼ばなかったということになるわけで、別の呼び名があったのだろう。
 そりゃベースボール(「ベエスボオル」か)と呼んでいたんだろう、と考える人がいるかもしれないが、これは思慮が浅い。なんとなれば、ベースボール部という言い方が確立されておれば、中馬選手がわざわざ「野球部」という新しい呼称を考える必要などなかったはずなのだから。必要はフランク・ザッパと発明の母である。中馬は必要にかられて言葉を考案したに違いない。では、なぜその必要があったか。
 私が考えるに、こうだ。
「実は名前がついていなかった」
 名前がなければ、かなり困ると思うが、そこはきっと現代でもやるように「ほにゃらら」とか、口を半開きにして「ふふー」とか「うんにゃー」とかやって曖昧に胡麻化していたのだろう。
「ただいまから第一高等学校対東京府立高等学校、ほにゃらら試合を開始します」
「うんにゃーでも見物にいきませうかねえ」
「吾輩はふふー部員である。名前はまだない」
 そのように言っていたのではあるまいか。
 随分不便で困った事態であったと推測できる。そこで、堪りかねた中馬がある日、親友に打ち明けるのであった。

「なあ、伴」
「何だ」
「俺たちがやっているこれはいったい何だ」
「これは、お前、あれだよ、あれ。その、うんにゃー」
「伴っ。お、お前、本当にそれでいいのか。うんにゃー、て。悲しくないのか」
「ううっ」
「俺は自分が青春を賭けているこれが、うんにゃーだなんて我慢できない」
「星よう」
「いや、中馬だってば。俺は今日からうんにゃーを野球と呼ぶよ」
「や、野球……」
「俺たちはもう、うんにゃー部じゃない。野球部なんだ」
「ほ、星よう」
「だから中馬だってば」
「星くーん。野球とですか。名前をいくら変えようが、わしは負けんとですたい」
「わっ、いきなり誰だ」
「左門ですたーい」
 物陰からそれを見守る明子姉さん。「ち、中馬」

 明子姉さんには、君も中馬だろうが、と突っ込んでおくとして、とにかくそういう経緯で野球という言葉が発明されたのではないだろうか。いや、そうに違いない。間違いない。
 と思ってまた調べてみると真実が判った。
「野球」以前は baseball の直訳で「底球」と言っていたのだそうだ。
 ちぇっ、つまんねえでやんの。
 ……はっ、しまった。こういう文章が検索ノイズになるんだなっ。


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2002/04/03
文責:keith中村
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