第36回 ストーブを買いに


 さてそんなわけでストーブを買いに行ったところは日本橋、大阪一の電気街であり、秋葉原をアキバというが如く日本橋はポンバシと言われるのだが、アキバという何やら洗練された雰囲気を漂わせる略称に比べ、ポンバシという野暮ったい略称にはいかにも大阪らしさが滲み出ている。
 日本橋に出るのは振り返れば二ヶ月振りであり、前回出かけたときにはマッキントッシュII Siなどというロートルのパソコンを衝動買いしてしまったのだが、このマッキントッシュはいまだにディスプレイに接続されることもなく部屋の隅に置きっぱなしになっており、それはちゃんと適合してくれるディスプレイを入手していないことに原因しておるのだが、まあその話は関係ない。今回はストーブを買いにゆくのだ。
 そういえば新美南吉の名作童話に「手袋を買いに」というのがあるが、大阪の中でも一種独特の文化圏を形成する泉州方面、ここは私の勤め先がある場所なのだが、ここいらの若い衆は手袋代わりに軍手をする。しかもマフラー代わりには泉佐野市がその生産において全国のシェアの九割を占めるというタオルを首に巻くのである。あまつさえ、ズボンの下にはパッチを着用する。パッチというても関東の人々には理解できぬであろうが、股引のことである。泉州の若い衆にとっては、この軍手、タオル、パッチが三種の神器なのだ。彼らがその文化の特殊性に気づくのは大学生になってはじめて泉州以外の地域へ飛び出したときであり、通学電車の中で笑われて軍手とタオルの一般性のなさを、泉州以外の地域出身の女子の人と桃色宿泊施設に赴いたときに嘲笑されてパッチの異常さを発見するのであった。そのようにして泉州人はようやくまっとうな国際感覚を身につけてゆくのであるが、大学に進学せず一生泉州から出ることもないままこの地に骨を埋ずめる者も当然いるわけで、そういった人々は終生この習性を修正せぬままとなる。世界に向けての表玄関関西新空港(地元では「泉州空港」と呼ばれる)のあるこの地域がこういう様相であることは、外国からやってきた人々に誤った日本観を植え付けぬかと、私などは不安になる。
 閑話休題。ストーブのことであった。
 石油を使用するタイプは燃料の買い出しが不便であり、ガスを用いるものは太いガス管をつなげることになるので引き回しや移動が困難であると思う。だいいちこの乱雑な部屋で使用するにはガス漏れや引火がいささか懸念される。消去法では電気しかなくなる。だが先日ぶっ壊れた電気ストーブは電熱線を使用するタイプであり、これはあまり暖かくならなかった。新式のものにすべきである。しばらく前からセラミックヒーターというものが普及しはじめておるようで、これはセラミックを加熱して暖をとるのだそうだ。詳しい理屈は解らぬ。他には、オイルヒーターというものもあるようで、これは加熱したオイルをラジエーターに循環させて暖める機構のようだ。そのラジエーターというのが新聞のチラシで見る限り、武骨であってなかなかマニアックで恰好いい。値段もそれほどにはせぬ。ということでオイルヒーターとやらを購うつもりで出かけた。
 ついでにパソコンショップを巡回する。今回は併せて、LC630とパフォーマ520という古いマッキントッシュ用にメモリを買う予定である。更にイーサカードも買ってパフォーマもネットワークに組み入れる魂胆もある。イーサカードは一万円くらいする。ATの世界では三千円も出せば充分なので、比較すればいささか高いけれどそれしかないので仕方ない。片やメモリは安くなったものだ。夏には一万五千円ほどしておった32メガのSIMMが九千円弱である。それぞれのマシン用に計二枚買う。店を出るとき、万引きの警報がぴぴぴなどと鳴る。なんだ何だ。店員が飛んでくる。疾しいことをしているわけではないが、どきどきしていると、店員、「ああ。このイーサカード、ケーブルが付属しているんですね。すみません。機械の構造上ケーブルに反応して鳴ってしまうんです」。そういえば以前にイーサケーブルを三本ほどまとめ買いしたときにも盛大に警報が鳴った。
 しかし、これではおちおち他の店に廻れぬ。出入りのたびに鳴ってしまうではないか。
 おそるおそる警報装置の付いている別の店の入り口をくぐってみる。ぴぴぴぴぴぴ。あわわ。やっぱり鳴る。店員が飛んでくる。ちょっと待てよ。俺は店から出たんじゃなくて、入ってきたんだからさ。万引きのわけないでしょうが。「あわわ。ええと、別の店でケーブル買ったんで、それで、その」などという受け売りの言い訳をしてしまう。
 店内を散策していると、中古のマッキントッシュが何台も展示してある。ふと、カラークラシックIIが眼に入る。このカラクラ2というマシン、性能的にはかなり時代遅れの癖に小さくてデザインがいいので、改造してチューンナップするのが流行しており、中古だのに値段がどんどん高騰しているという言語道断ウルトラクイズの機械である。以前七、八万円くらいだったのが、十二、三万円にまでなっているというバブリーな機械なのである。
 が。おや。あれ。値札を見ると四万九千円となっている。よく見ると他のマシンにもかなり安い値段がついているようだ。歳末特価か、バブルがはじけたか。安いではないか。いや。落ちついて考えればそれでも高いんだろうけど、いっときよりは安くなったものだ。
 うーむ。欲しくなってしまった。どうしよう。
 取り敢えず、ストーブを買いながら考えてみよう。ぴぴぴ。店を出るとき警報がなるが、もう頭のなかは「買うか買わざるか買うか買わざるか」の無限ループ。ぶつぶつ言いながら別の店にゆき、ストーブを眺める。オイルヒーターとやらはどこだ、おお、これかこれか。げ。でかい。
 でかいのである。尋常ならずでかい。サーバーマシンくらいある。値段は二、三万であるが、ううむ。でかいよなあ。これだけでかいと持って帰るのも苦労するし、ああ、それにひきかえこっちのセラミックヒーターはどうだ。値段も一万は出ないし、だいいちこぢんまりしておる。デザインだってオイルヒーターなんて骸骨のお化けみたいだが、こっちは洗練されておる。まるでカラークラシック2のようではないか。そうだよなあ。これなら買っても小さいから、またさっきの店に引き返してカラクラ買うのにも便利だよなあ。これなら安いからカラクラ買ってもそんなに贅沢したと思わなくて済むよなあ。
 もう頭の中は、カラクラ買うための合理化で充満されている。
 セラミック・ヒーターをとっとと買い、先程の店へ取って返した。
 入り口をくぐり、ぴぴぴなどと警報がなるのも頓着せず、売り場へ直行する。「これ、ください」
 そんなわけで、カラークラシック2が眼の前にある。パフォーマ用にと買ってきたメモリもイーサカードもこれに挿してしまった。
 日本橋に行くたびに無駄にコンピュータが増えているような気もするが、まあ、今日は日本の日付でジョン・レノンの命日でもあるし、いいか。あんまり関係ない気もするけど。


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1997/12/09
文責:keith中村
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