第358回 自動販売機運


 何気ないことだけれど今更誰にも訊けないしどうすればいいかも判らないということは世の中にいくつもあって、たとえば私には入れ替え乃至は補充中の自動販売機を利用したい場合の対応が判らない。自動販売機の商品というのはもちろん無尽蔵に湧いてくるものではなくて、人が定期的に入れ替えや補充しているのだけれど、そういった作業中の自動販売機を利用したくなったときに、作業が終わるまで待つべきなのか、それとも声を掛けて直截売ってもらってもいいものなのか、これがさっぱり判らないのだ。
 だからそのような自動販売機に巡り合った際には、また次の自動販売機で用を足せばいいかと納得しながら、もともと買う気もなかったような顔で前を通りすぎるのではあるが、しかしながら問題は私の自動販売機運が頗る悪いという点なのであった。
 運がいいとか悪いとか人は時々口にするけれど、自動販売機運という言葉を聞き慣れぬ人も多かろう。それも当然、何となればこの言葉はたった今私が作ったのだが、英語で言うとヴェンディング・マッシーン、略して自販機、略さず言うとやっぱり自動販売機というこの物体に対する私の運は、このような造語でもって形容せねばならぬくらい悪い。
 まず、私はやたらと作業中の自動販売機に出喰わす。たとえば通勤途中に煙草を買おうとする。駅までの道すがら自動販売機は二箇所に設置されているのだが、多くの場合両者ともが作業中なのである。ひとつ目を諦め次の自動販売機を目指す。きっと次も作業中だぞ、間違いないぞ、ほら来るぞ来るぞ、と歩いていくと案の定ふたつ目でも補充をおこなっているわけだ。
 通勤という毎日同じ時刻の行為がたまたま作業の時間と一致してしまっているのかとも思ったが、休日のまったく違う時間に買いに行っても果たしてその自動販売機では補充作業をやっているのだった。こうなるともう偶然では済まされない。考えられるのは以下の仮説である。
「実は当該自動販売機は二十四時間ずっと作業中である」
 そう思って観察すると作業している人の格好がどんどん薄汚れているようにも見える。不精ひげがだんだん長くなっている気もする。やはりそうか。不眠不休で作業をおこなっていたのか。恐ろしい。何ということだ。ご苦労様です。
 だが、この仮説は次の理由によって破棄せざるを得なくなる。
「まったく別の土地にある自動販売機であっても、私が買おうとするとたいてい作業中である(しかも買い置きがあって私が必要としていないときには何故か作業をしていない)」
 こうなると、超越的な第三者の意志が介在しているのではないかとも思えてくる。たとえば、こうだ。
 一、私に煙草を買わせまいとするイルミナティの陰謀。
 二、私に煙草を買わせまいとする国立がんセンターの職員の陰謀。
 三、私に煙草を買わせまいとする家内の陰謀。
 もちろん私も常識的な大人であるからこのように空想的な仮説があり得ないことくらいは判る(三の仮説についてはあながち空想とも言い切れないが。恐ろしいことである)。そこで妥当な可能性として次の結論に至るのである。
「私の自動販売機運はひどく悪い」
 何だか、より超越的な結論になってしまった気もするが、もうこれは誰が何と言おうと、そう考えるしかないくらいのものなのだ。
 これは作業中の自動販売機に頻繁に出喰わすというだけではない。
 稀に作業中でないこともあるのだが、よしよしと思って近づき目当ての煙草のボタンを押そうとすると、赤い文字が光っている。
「売り切れ」
 それだけではない。私の吸う銘柄は以前にも書いたかもしれないがサムタイムライト略して侍というもので、いつもまとめ買いするので千円札を差し込んで四回ボタンを押す(この煙草は現在二百五十円なのでこれでちょうどなのだ)。ある時、この買い方をして後取り出し口を見ると何故か「マイルドセブンメンソール」が四つある。確かにサムタイムライトを選んだのに、である。訝しみつつもう二百五十円入れてまたサムタイムライトを選んだ。出てきたのはやはりマイルドセブンメンソールであった。
「なるほど」何となく仕組みが理解できた。「そういうことか」
 どちらもメンソール煙草だし、見掛けも比較的似ているため、きっと作業員が入れ間違えたのだ。私はさらに硬貨を取り出すと、今度はためらうことなくマイルドセブンメンソールのボタンを押下した。
 マイルドセブンメンソールが出てきた。
「ムキー」
 私は六箱のマイルドセブンメンソールを前に頭を抱え込んだ。この煙草はひどく不味いのだ。
 だが、そんなのはまだ序の口だ。ある時などは、ボタンを押すと「からからん」と金属的な音を立てて煙草が落ちてきた。なんだ何だと取り出してみるとそれは「ブリキでできたサムタイムライトの商品見本」であった。ショウウィンドウに並べるやつである。どういう仕組みだ。
 煙草だけにとどまらない。
 駅の自動券売機は頻繁につまるわ、紙幣を入れると何度やってもビローンと突き戻されるわ、大きい札しかないときに限って「一万円中止」になっているわ、飲み物は飲み物で、夏に買う清涼飲料水はたいていまだ冷え切っていない生暖かい状態で出てくるわ、冬に買うと温もりきらぬ生ぬるいコーヒーが出てくるわ、硬貨は吸い込む癖に商品は出てこないわ、硬貨を入れようとすると手が滑って脇の溝に落とすわ、探しても見つからないわ、そういうときに限って高額の五百円玉だわ、糞、金返せ、がるる、一度なんかはコーラを買うと「あったか〜い」の設定のやつが出てくるわ、今にも破裂せんばかりにアルミ缶がぱんぱんに膨脹しているわ、爆発すると怖いので冷めるまで待って飲んでみたら気が抜けきって「無暗と甘い砂糖水」になっているわ、そういうおかしな自動販売機に限って道端にぽつねんと存在していてどこが管理しているかさっぱり判らないから苦情も言えないわ、とりあえず補充作業中の自動販売機はどうしたらいいのか誰か教えてほしいのであった。


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2001/12/24
文責:keith中村
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