第357回 ガンジスの流れのように


 先日逝去したジョージの遺言は「遺灰はガンジス河に流してほしい」というものだったらしい。私はこの遺言のいくつかの点に感慨をおぼえた。
 まずは、「おまえ、まだインドなんかに惹かれていたのか」という驚きである。故人を捕まえて「おまえ」というのもあれだけれど、ビートルズ、まあ正確にはほぼジョージのみだが、がインドだのマハリシ・ヨギだのに傾倒していたのはほんの僅かの期間だと私は思っていたのである。しかし、こいつはいまだにインドなどと言っていたのである。「こいつ」というのもあんまりだが。
 それにしてもガンジス河に流すというのは、結構ものすごいことだと思う。たとえば五木ひろしには「長良川艶歌」や「千曲川」という持ち歌があるが彼が死んだとして、その遺言が「長良川に流してほしい」とか「千曲川に流してほしい」だったらどうだ。中村美律子に「四万十川の宿」という歌があるからといって、彼女が「遺骨は四万十川に流してほしい」などと遺したら。なにしろ四万十川である。ほんのちょっとだけ「メメント・モリ」と似ている。似ているけれども、四万十川に死を想わなくてもいいだろうし、よく考えると四万十川とメメント・モリはそれほど似ているわけでもない。ましてや細川たかしが「さだめ川に流してほしい」と言った日にゃあ、いったいそれはどこだ、ということになってしまう。しかし何で演歌ばっかりなんだ。
 重ねて想像していただきたい。モルダウ河畔に佇み過ぎし日のこと今もなおと想いを馳せていると、上流からどんぶらこどんぶらこと流れてくるのだ。何だ、あれは。スメタナだ。出た、スメタナの川流れ。何が「出た」なんだかちっとも判らない。スメタナとスタミナは結構似ているが、似ているからどうだというのだ。スタミナがあるから、随分下流まで流れる、とかそういうことか。
「ガンジス河」という言葉の異化作用によって、ジョージの遺言の奇妙さはかなり薄らいでしまう。確かにガンジス河なら死体などいくらでも流れていそうである。遺灰を流すくらいはちっとも大ごとではなさそうである。
「けちけちすんなよ、灰くらい」
 ついそのように考えてしまうのだが、ある意味これは中村美律子が「めめんとー」などと叫びながら四万十川を流れるくらいの異常事態なのではないか。
 ジョージの遺言でもうひとつ興味深いのは、「遺灰」という部分である。現代日本においては一般に遺体は火葬という手段でもって文字どおり荼毘に付される。かつては日本でも屈葬、伸展葬、抱石葬、甕棺葬などが中心であった。って、いつの日本だ。とにかくまあ土葬は日本にもあったわけだが、現代日本人から見ればいまや土葬はむしろ西洋の習俗である。よく映画なんかでやっている墓地の周りに喪服の人々が集まって、神父だか牧師だかが「塵は塵に、灰は灰に」なんて言っているあれだ。灰と言っているけれど、あれは燃さずに土葬にしているわけで、だからゾンビやらフランケンシュタインの怪物やらができるわけだ。ところが、ジョージの場合は「遺灰」という。つまり日本のように火葬だったのだろう。では何故火葬にしたかというと、やっぱりこう考えたのだろう。
「ガンジス河にそのまま流すのはいかがなものか」
 ジョージの遺言だから正確には主体をジョージとしてこう言い直すべきか。
「ガンジス河をそのまま流れるのはいかがなものか」
 先ほど書いたように、そもそもガンジス河は「死体ごろごろ」(それが本当かどうか知らないが、少なくとも我々はそう思っている。もっと少なくとも私はそう思っている)だから、これはこれで「郷に入りては郷に従え」なんだろうが、ジョージもさすがにそれはいただけないと感じたのかもしれない。あなたがガンジス河畔に佇んでいると、上流から「さむしんぐー」と流れてくるのだ。何ですか、あれは。ジョージ・ハリスンです。出た、ジョージの川流れ。何が「出た」なんだかやっぱり判らないけれども、そういうのはいささか困るのであった。
 ところで、火葬といえば「暮しの手帖」二〇〇一年秋号に「ペースメーカーの話」という記事が掲載されている。この記事のうち「ペースメーカーとのつきあい」と題された最終章にはこのような記述がある。

 亡くなった人は、日本ではほとんど火葬になりますから、ペースメーカーは原則として取り出すことになっていました。
 使われているリチウム電池が、高温になると、気体に変わって容積が増えるので、爆発する恐れがあったからです。
 しかし最近は加熱温度を、爆発しないように変更することが可能になりましたから、ペースメーカーが入っていることを関係者に知らせれば、それですむようになっています。

 ペースメーカーを着けた人を火葬にすると爆発するという話は宮沢章夫氏も書いており、「爆発」というのはこれはこれでものすごい事態なのだが、この記事によると「関係者に知らせれば」大丈夫なのだそうだ。とは言え、どう知らせればよいのだろう。やっぱり、
「ミディアムで」
 とかそういうのだろうか。
 あるいは、うっかり間違えて、
「レアで」
 などと注文してしまったら、ものがものだけに、かなりなことになってしまいそうだ。いやその前に、「注文」て何だ。
 この記事にはまたこのようにも書かれている。

 (ペースメーカーを)入れると心臓がいつまでも動くから、死ねないのではないか、と思う人もいるようですが、ペースメーカーは心臓を刺激するだけで、筋肉を収縮させているのではありませんから、心臓だけが活動を止めないということはありえません。

 そんなことを思う奴がいるのだ。「心臓がいつまでも動くから」というのもちょっとすごいが、「死なない」ではなく「死ねない」という箇所も捨てがたい深みを感じる。また、この文章からは、筋肉を収縮させ続ければそれはそれでいつまでも死なないようにも読み取れるのだが、そういう理解でいいのだろうか。
 さて、今日はジョン・レノンの命日でもあるのだが、単純に計算すればこれであの世とこの世のビートルズがきっちり二等分されたことになる。かたやジョン・レノンとジョージ・ハリスン、かたやポール・マッカートニーとリンゴ・スター。どちらを取るかという質問はかなりな議論となるだろう。ポールのファンはこの世を選びたいだろうが何しろ今ならリンゴがもれなくついてくるのだ。下手をすればオノ・ヨーコまでついてくる。一方、ジョン・レノンさんチームならスチュワート・サトクリフもいるし、よくよく考えればジミヘンもジョプリンもモリスンもみんないる。ポールさんチームに勝ち目はなさそうである。
 ともかくジョージ・ハリスンよ、安らかに。


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2001/12/09
文責:keith中村
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