第351回 持ちすぎの助


 巷ではもうすっかり携帯電話というものが定着しているようであるが、私は常々ああいったものは一生持つまいと考えてきた。というのも、私が電波アレルギーであり、あんなものを文字通り携帯すれば「ああ、電波。電波が飛んでくるう」と頭を抱えてうずくまらねばならなくなるような体質であるからであったりするなら、それはそれで面白かろうが、そういうわけでもなく、携帯電話を所有する人びとのあの無神経さを目にするたびに、ああはなるまいと感じるからであった。携帯電話の何が恐ろしいといって、私的空間をそのまま公的な空間に滲み出させる働きである。「もしもし。あ、おれおれ。そうそう。頼みあるねん。あのな、さらのビデオテープまだあったっけ。え、なに、ある。そしたらあれ予約しといて。そう、予約録画。え。だからあれやん。セーラームーンの再放送。やりかた判らんて。頼むわ。めっちゃ観たいねん。セーラームーン観なあかんねんて。重要やねん。な。な。頼むで、セーラームーンやで。間違うて裏の水戸黄門録ったら怒るで、まじで。水戸黄門ちゃうねんで。セーラームーンやからな」携帯電話の人はこういう会話を、なんら憚ることも恥じることもなく、電車の中であろうと街中であろうと、堂々とやってのける。凄いなあと思うが、できれば自分は踏み込みたくない境地だなあとも思う。また、携帯電話の人はこういうことも言う。「あ、もしもし。さっきの話やけど。うん。セーラームーン。何。ギデオン。ギデオンて何や。え。電波悪いねん。もしもし。ああ、ビデオ言うたんか。うん、予約頼むで。え、たこ焼き。たこ焼きちゃうちうねん。予約やて。どんな聞き間違いや。どんだけ電波悪いねん。あ、あかんわ。切れる。電波悪い。またかけるわ。ほな」電波が悪い。ちょっとこれは凄いのではないかと思う。やっぱり怪電波とか毒電波とかそういうやつだろうか。街でこのような携帯電話の人をみるたびに、自分だけは永久に携帯電話を持つまい、と心に誓ってきたのであった。
 ところが、仕事の上でどうしても携帯電話に関わらなければならなくなったのである。といってもよくあるように会社から支給された携帯電話を持たされるとかそういう話ならまだよい。そうではなくて、携帯電話用のウェブサイトを作らなければならなくなったのである。単に携帯電話を持つというだけなら、電話のかけ方や受け方など最少の知識だけあればよいのだろうけれど、ウェブサイトを作るとなれば、もっといろんなことを調べなければならない。私は最初に書いたように、これまで携帯電話というものを忌避してきたので、まったく予備知識はない。ゼロから始めなければならないのである。
 とりあえず私は自分が携帯電話について知っていることを紙に書き出した。
 アイモードというのがあるらしい。
 ピッチというのはPHSのことらしい。
 メールのやりとりができるらしい。
 着メロというのを作るのがはやっているらしい。
 学生さんは金がないらしい。
 なにぶん、ズブの素人であるから、すべて「らしい」という憶測や伝聞になってしまう。とりあえずこれだけでは埒があかぬので、検索エンジンを利用してあれこれ調べてみた。すると、携帯電話からウェブを見る方式は大きくわけて三種類あるということが判った。アイモード、ジェイスカイ、イージーウェブの三つがあるのだそうだ。更に調べると、アイモードとジェイスカイというのは要はHTMLの縮小版だということが判明した。ただし、いろいろ探してもちゃんとしたDTDいわゆる定義文書が見あたらない。結構杜撰な規格であるようだ。まあしかし、この二つは腐ってもHTMLの仲間であるが、残るイージーウェブだけはどうやらまったく異なるHDMLという記述言語でないと駄目らしい。それに、同じHTMLのサブセットであるところのアイモードとジェイスカイでも様々な差異があるようで、結局この三つの方式に対応できるサイトを作るためには個別に三種類のコンテンツを用意しないといけないようだ。
 さて、通常ウェブサイトを作る際には特定のDTDすなわち定義に従ってページを記述するわけだが、残念なことに多くのブラウザがきちんとDTDに準拠していないため、できあがったサイトをいくつかのブラウザで表示させてみて、最大公約数的にうまく見えるかどうか確認する作業が必要となる。これは携帯電話でも同じことで、コンピュータ上で仮想的に携帯電話での見栄えを確認するようなアプリケーションもあるようだが、やっぱり電話機ごとの表示文字数などの個体差があるため、サイトをきっちり作ろうとするならいくつかの携帯電話で実際にサイトを開いてみるしか方法はなさそうなのである。
 そこで、仕方なく特徴的な携帯電話をいくつか選んで契約することとなった。
 これがまたややこしいのだが、電話会社というのがこれまたいくつもあって、それぞれにウェブの方式がちがっていたりする。NTTドコモがアイモード、ジェイフォンがジェイスカイで、エーユーというのがイージーウェブ、ツーカーというのもイージーウェブ、大阪にはとりあえずそれくらいしかないのだが、他にもイドーという会社があったり、それからアイモードのドコモが扱っているPHSはアイモード対応のサイトが「一部」見られたり見られなかったりするらしく、そもそも私は携帯電話とPHSの違いがちっともわからず、一説には電波が違うというが、それは何だやっぱり例の「あ、電波悪い」というのに関係があるのかないのか、とにかく判らないことだらけなのである。
 それでも、販売店にあれこれ問い合わせたりして、なんとか代表的な携帯電話を十台手に入れた。携帯電話を一生持つまいと思っていた私が一挙に十台も持つこととなってしまったのである。ひと口に携帯電話十台というが、これがなかなかちょっと凄い。ひとつひとつの携帯電話は小さくて軽いものだが、十台もあるとそれだけで一キログラムにもなる。軽量ノートパソコンと同じくらいの重さだ。しかも占有する体積はノートパソコンよりずっと大きくなる。携帯できんではないか。何よりも私が気づいたのはこういうことだ。
「携帯電話を十台持ち歩いている人は随分馬鹿に見える」
 確かに複数台の携帯電話を持っている人は少なくはないだろう。キャパクラ嬢なんかは三台くらい持っている。いや、持っていると知人が言っていた。私は知らんが。聞いた話ね。ほんと。
 それにしても三台ならまだしも十台である。何事においても過剰というのは馬鹿に近い状態のようで、たとえば煙草を同時に十本くわえるとかなり馬鹿に見えるし、お代わりしたカレーの皿を十枚積んでいるのもいただけない。電話も然りである。もしこの状態でどれか一台が鳴ったら、どれか突き止めるだけで一仕事である。古典的なコントのようになってしまう。
 何よりも困るのが説明書いわゆるマニュアルである。一台の携帯電話に兇器にでもなりそうな分厚さのマニュアルが二冊ほどもついてくる。それが十台分である。これはもう読むどころかぱらぱらめくる気力すらなくさせる分量である。
 そんなわけで、私はまだウェブを閲覧するどころか普通に電話をかけることすらできないのである。きっと私が今山で遭難でもしたら、十台も携帯電話を携帯しているにも関わらず助けも呼べないまま死んでしまうことだろう。というか、山頂ならどのみち圏外だったりするんだろうけれど。


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2001/05/07
文責:keith中村
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