第350回 財布一郎


 財布は何のための道具かと訊けば、もちろんほとんどの人は、金銭を収納する道具だと答えるだろう。もちろん金銭を収納しておくものとしては他にも金庫や千両箱や貯金箱や箪笥と壁の隙間などもあるわけだから、それだけの回答ではそれらのものと財布との違いが渾然として曖昧になってしまう。より詳らかに説明して財布をそれらのものから画然とさせんためには、財布とは金銭を収納して携帯するための道具なり、と答えたほうがよいかもしれない。
 いずれにせよ、財布と金銭が不可分の仲だということは言うを俟たぬ事実であろう。
 だがしかし、仮にこの事実を認めたにせよ、実は我々が財布に関して留意しておくべき注意がある。それは、次のことがらである。
「財布に入っているのは金銭だけではない」
 やや遠回りになるが、別の角度から話を進めよう。
 サラリーマンの合言葉に「鳩が豆喰って、ぱ」というのがある。以前にも触れたかと思うが、これは出掛けるときに忘れてはいけない物品の頭文字をつなげたものである。

は ハンカチ
と 時計
が 蟇口(財布、金銭)
ま 万年筆(筆記用具)
め 免許証
く 櫛
て 手帳
ぱ パス(定期券)

 サラリーマン用のこの手の言葉には他にも「水兵リーベ僕の船」や「産医師異国に向かう」、「レッ、イッ、クッ」などがあって、特に最後のものについては、「イの人がいちばん辛そう(何しろ足がぶらぶら不安定なのだ)」だとか「クの人のクッだけやけに力が入っている」などいろいろ語りたいこともあるのだが、本筋ではないので割愛する。
 さて「鳩が豆喰って、ぱ」にも件の財布は入っている。この一覧をじっくり見ると財布と他の品物の差異が浮かび上がってくるのだが、お気づきだろうか。
 それは、財布以外の品の用途は原則として単一かつ純粋だ、ということである。例えば時計は時刻を確認するための道具であるし、パスはその名の通り改札口を通過するための道具である。もちろん財布は最初に意見の擦り合わせをしておいたように、金銭を収納するための道具ではあるのだが、鳩が豆喰っての他の道具とは違っていささか純粋性に欠けるのである。
 そう。そろそろ私の意見の主旨がお判りになってきたであろうか。私が言いたいのはこういうことである。
「財布には金銭以外のものも何だかいろいろ入っている」
 それから、もう一つ付け加えて主張したいのは次のことである。
「財布に一度入ったものは二度と出てこない(ただし金銭は除く)」
 このことを検証すべく私は自分の財布を引っ張り出してきたところである。今から財布の内容物を仔細に検分してみよう。
 まずは、財布の主賓たる金銭だ。紙幣の部、千円。硬貨の部、計六百二十七円。
 断っておきたいのは、これが決していつもの私の財布ではないということである。いつもはもっと入っているのだ。しかしあれだ、これはちょうど私が大口顧客となっている取引銀行が合併たら何たらで、金を引き出せない期間になってしまったからだ。そう、銀行にはあるのだ。銀行に行けば金はいくらでもあるのだ。私のじゃないが。とりあえず、いつもの私ならこの倍の金は持っていることを、自分の名誉のために書き添えておく。
 さて、ここからが問題だ。財布が純粋に金銭を携帯するための道具であるならば、他には何も入っていないはずだ。だが、今小銭を数えるべく、財布を引っくり返したところ、ばらばらと三枚のギター用ピックが出てきた。これだ。これが私の言わんとしている財布の中の不純物である。ちなみにうちの一枚は銀色のメタルピックなので、これまで何度か一円玉と間違えてレジに出してしまい恥ずかしい思いをした。財布から取り出してしまえばいいのだが、先に呈示したように、なぜかひと度財布に入れたものはどうしても取り出さないままになってしまうのであった。
 ところでピックが入っていたのは私がギターを弾くからであるが、ギターで僥倖だった。もし私が三味線弾きならば、代わりにあの大きな撥を財布に入れていたことだろうし、私が阪神ファンならあの大きなメガフォーンを入れていたことだろう。レジで出したら大変だ。
 今のは特殊な例だったかもしれないが、皆さんもそうしているだろう財布内不純物の代表は何と言ってもカードの類だ。実は大抵の財布にはカード入れなる部位があるのだが、考えてみればこれはどうしたことだろう。財布自身が純粋たることを拒んでいるようにしか思えないではないか。たしかに銀行のキャッシュカードなんかは金銭とかなり似た機能のものではあるが、似ていれば場所を提供してやっていいのか。万年筆に鉛筆入れ(即ち筆箱か)が付属しているだろうか。免許証に卒業証書入れの筒が付属しているだろうか。そういう疑問ないしは憤りが腹の底からふつふつと湧いてくるのを抑えて、私のカードを調べてみる。
 まずは銀行のキャッシュカードが二行分で二枚。この程合併した銀行のそれぞれの分なので、どちらも明日まで使えないものだ。なかなかついていない銀行選びをしてしまったものだ。それから、クレジットカードが一枚。これはASAHIネットのもので、太陽ビームがびこーびこーと出ているかなり派手な意匠なので使うのが結構恥ずかしい。ここまでは貨幣とほぼ同様の価値があるカードである。
 それから、テレッフォーンカードが三枚。一枚は未使用、一枚は残り約十度数、最後の一枚は使用済みである。使用済みなら捨てればいいのだが、さっきも言ったように財布に入れたものは金銭以外なかなか出てこないのである。
 次に地下鉄の回数カード。これはまだ二千円分以上残っている。
 一応金目の物と呼べるのはここまでである。
 いや、ひとつ忘れていた。ソフマップの会員カードである。ソフマップで買い物をするとルピーと呼ばれるポイントがつくのだが、私のカードには現在五千ルピー以上がついている。五千ルピー。大金である。
 残りのカード類を列挙しよう。
 バンドの練習に使っているスタジオの会員カード。
 和光デンキの会員カード。上新電機の会員カード。ニノミヤの会員カード。電気屋ばかりだな。
 大丸ポイントカード。
 大丸ブライダルサークル会員証。これは結婚準備でいろいろ買ったときに貰ったもので、すでに期限切れだ。
 勤務する会社のセキュリティカード二枚。
 HMVのポイントカード四枚。カードを探し出すのがおっくうでCDを買うたびに新しく作ってもらっているから点数がばらばらに溜まっている。
 その他のレコード屋のポイントカード五枚。すでにどこにあるレコード屋で貰ったものかさっぱり思い出せない。
 レンタルビデオの会員カード一枚。以前に住んでいた少々遠い場所のもので、期限切れで、なおかつ店そのものは倒産しているというヘレン・ケラーのような三重苦のカードである。持っていてもどうしようもないのだが、財布のブラックホールに吸い込まれてしまったものは出て行かないんだから仕様がない。
 自分の名刺二枚。
 他人の名刺四枚。いつどこで貰ったか、どういう関係の人かちっとも覚えていない。うち一枚の「新屋なんとか」という人は、思い出せそうだがやっぱりよく判らない。
 以上ざっと三十一枚である。全部取り出して重ねてみると相当に分厚い。二センチほどもある。だが不思議なことに財布に入れている限りはそんなに分厚いとも感じないのだ。これも財布の不思議なところである。もしかしたら、財布内部は空間が歪んでいるのか。これなら、あとPCMCIAのモデムカードとネットワークカードくらいは楽々入りそうである。入れても仕方がないが。
 それから、紙幣の横に寄り添うように紙が何枚も入っている。
 調べてみると、まずレシートが非常に多い。コンビニエンスストアのものを中心に十二枚も出てきた。中には、ハイアット・リージェンシーの喫茶店のものもあったが、見るとコーヒー一杯に税サ付きしめて千百五十五円。たかだがコーヒーで千円以上、くそ、そう言えばそうだった、と改めて怒りを覚えてしまった。
 次に多いのがキャッシュ・ディスペンサーで現金を引き出したときの明細票。八枚もある。
 それらの間に赤と黄色のど派手な紙があるなあと思って引っ張り出してみると、カレー屋インディの百円割引券二枚であった。これは大事だ。
 これが私の財布のすべてである。
 と思ったらまだあった。私の財布には、小銭入れの裏側にカード類を入れるにはやや狭い隙間があるのだが、ここを覗いてみると、数枚の紙切れが入っていた。ほとんどは誰かの電話番号やらメールアドレスやらを控えたメモだったのだが、うちの二枚だけは何だか難解だった。白い紙切れに私自身の字で次のように書いてある。
「アフリカ象がパオーン」
「ゆで卵の行進」
 私はいったいどういうつもりだったのだろう。


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2001/04/02
文責:keith中村
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