第345回 裸の大将


 以前から気になっているのだが、いったい「お握り」と「お結び」の違いは何だろう。前に知人にこの疑問を投げかけたところ、彼はしばらく考えてからこう言った。
「大きいのがお握りで、小さいのがお結び」
 なるほどそんなものか、と思ったのだがよく考えてみるとこれはかなり粗雑な定義だという気がしてきた。大小で区分するとなれば、どこかに境界があるはずである。すなわち小さい方から見ていくと、お結びお結びこれもお結び、と、しばらくは「お結び」の状態が続き、途中の「ここからお握り」という地点を経て、お握りお握りずーっとお握り、ということになるわけだ。だが、お握り若しくはお結びというのは、米の集合体であるからその境界を突きつめれば、それはたとえば米粒ひとつの違いということになってしまうのである。となると、お握りないしはお結びを作るときにちょうどその境界前後あたりの分量の米を用いる癖のある人は、握る米の量の誤差によって期せずしてお結びとお握りの両方を作ってしまう可能性が出てくる。三つめまではお握りだったけど、四つめはちょっと米が少なくてお結びになったりするわけだ。この四つめの奴に感情移入するとちょっと可哀想になってくる。彼は先に生れた三人の兄たちと自分を比べて悲しげに呟くのだ。
「僕だけお結びなんだ」
 別に少ないのがいけないわけじゃなかろうが、そんな謂れのない劣等感にとらわれてしまうかもしれない。
 また、兄たるお握りたちも弟に対して辛くあたるのであった。
「なんだよ。お結びの癖に」
 別の視点から考えよう。仮に大きいのがお握りだとして、その大きさに上限はあるのだろうか。たとえば、直径三メートルほどのお握りがあったとしよう。吃驚するくらい大きいものだ。誰でもこんなものを見たら吃驚するだろう。その時、人はどのような言葉を口にするだろう。
「わあ。大きなお握りだ」
 いや、きっとそんなことは言わないだろう。おそらくは、こう言うのだ。
「わあ。ものすごく大きなご飯の塊だ」
 場合によってはこんなふうに呼ばれてしまうだろう。
「わあ。おばけご飯」
 大きいというだけで、おばけ呼ばわりされてしまうのだ。じゃあ何だ。レーザーディスクは「おばけCD」か。ギターは「おばけウクレレ」か。ジャイアント馬場は「おばけ人間」か。あぽう。
 逆に小さい方はどうなのだろう。パチンコ玉程度のお結びがあったとして、人はこれを見てなんと言うだろう。
「あ。お結びだ」
 とは、やっぱり言わぬだろう。きっと、こうだ。
「あ。こんなところにご飯粒落ちてる」
 そんなこんなで、大きさで区分するのはあまりに杜撰な定義だと言えるのであった。
 私はまた別の知人に両者の区別を問うたことがある。彼は言下にこう答えた。
「中に具が入っているのがお握りで、入ってないのがお結び」
 これを聞いて私は眼から鱗がずんだらばーと音を立てて落ちた気がした。なるほど。そうかもしれない。これはかなり明確な定義である。大小などという区分とは違い、確実に判別できる。
 だが、そのしばらく後、この定義がまたしても間違いである証拠を発見してしまったのである。「天むす」だ。この食品はご存じだろう。略さずに言うと「モーニング娘。」である。つまらない嘘をついてすみません。ほんとは「天麩羅入りお結び。」だ。いや、句点は要らない。嘘吐きですみません。生まれてきて、すみません。
 話が逸れたが、つまりあれだ。お結びにも具が入っていることがあるということなのだ。
 しばらくあって、私はまたこの疑問を他人に質問する機会があった。今度は数名の人間がいる場所で、お握りとお結びの違いを問うてみたのである。
 ひとりがすかさず答えた。
「三角に握るのがお結びで、丸く握るのがお握り」
 すると、別の者がこう言った。
「何を言っている。丸い方がお結びじゃないか」
 そこから侃侃諤諤の議論になった。
「違う。丸い方がお握りでいいのだ」
「いや、俺は丸いのがお結び派だ」
「そうだ。丸いのがお結びでいいのだ。歌にもあるではないか。お結びころころ、瓢箪ぽっくりぽん。ころころ転がるというのはすなわち丸いからではないか」
「馬鹿者。それも言うなら、芋虫ごーろごろ、瓢箪ぽっくりぽん、だ」
「あっ何だ、こいつ。本当に転がりだした」
「待てまて、お前ら。瓢箪ぽっくりこ、じゃないのか」
「ところで、ぽっくりこって何だ」
「お結びはころりんじゃないのか。お結びころりん、ぎゅっころりん」
「あっ。ころりん、というのは丸くないからだろ。丸ければころころだ。ころりん、というのは三角っぽいぞ」
「ぎゅっころりん、ってタウリンに似ているな」
「タウリンってどうしていっつも千ミリグラム配合なのだ」
「誰か、ぽっくりこの意味を教えてくれ」
 議論は収拾不可能になった。
 辞書にあたればよいじゃないか、と気付いたのはその後だった。広辞苑をひいてみた。
「おにぎり【御握り】:(婦人語)にぎりめし。おむすび」
「おむすび【御結び】:(婦人語)握飯」
 嫌な予感がしていたが、やっぱりそういうことか。一応、「にぎりめし」もひいてみた。
「にぎりめし【握飯】:握り固めた飯。むすび。おにぎり」
 どうせ、そんなことだろうと思っていた。またしても新村出にやられてしまった。
 だが、それでも私はお握りとお結びには何かの違いがあるという気がしてならないのだ。
 譬えば、「作るときの気持ちが違う」とかそういうことがあるんじゃなかろうか。または、プロフェショナルがいて一個いっこ手に取って判別するのだ。
「お握り。お握り。お結び。お握り。お結び」
 って、ひよこの雄雌だよ、それじゃ。


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2001/01/19
文責:keith中村
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