第342回 百羽目のペンギン


 空を飛ぶ鳥の群れや水族館の小魚の群を見ていると、超能力でも持っているのではなかろうかと思う。飛行または遊弋している群れが方向を転換する際、文字通り一糸乱れず、整然と向きを変える。
 あれはきっと自分の前のやつの行動を「見て」から動作しているわけではないのだろう。前のやつが反転するのを見てから自分が行動をおこせば、そこに間すなわちタイムラグが生じる。一羽ないし一匹あたりのこのタイムラグすなわち反応時間をt、群れの長さをl匹分とすれば、全体が方向を転換するのにt(l−1)の時間がかかることになる。植木算の要領で一引くところがポイントである。
 だが実際にはほんとうに一瞬のうちに群れ全体が向きを変える。それはもう、一斉に、同時に、と言ってよいくらいのものである。これは人間には絶対にできない芸当で、超能力といってもよい。
 人間が群れとなっている状態、たとえば通勤電車が到着したあとの駅を見ると、まあ大部分は同一の方向へきっちり歩いているだろうが、中には立ちどまって携帯電話を使っている奴はいるわ、人ごみを掻きわけて反対側の便所へ急いでいる奴はいるわ、しゃがみ込んで靴紐直している奴はいるわ、こけてる奴はいるわ、怒鳴っている奴はいるわ、まあ今日のところはこの辺にしておくが、とにかく雑多な状態で、「規律」という言葉からは程遠い。もし鳥や魚のような能力を人間が所有していれば、信号が変わった途端にすべての自動車は同時に動きだせるので、交通渋滞は随分緩和されることだろう。しかし実際に人間が一斉に同じ行動をとれるのは、せいぜい軍隊かテニスの観戦ぐらいのものだ。
 さて、話は変わってしばらく前のことだが、十一月二日付の毎日新聞にこういう記事が載っていた。

「ペンギン 飛行機など見上げ転倒 英軍と生物学者が共同調査へ」

 英軍パイロットの間で「ペンギンは空を飛ぶ飛行機やヘリコプターを見上げているうちに体のバランスを失って転んでしまう」という説が流れ、英軍が生物学者と共同で近く調査に乗り出すことになった。集団で生活するペンギンは一羽が転がると、将棋倒しのように群れ全体が転倒して危険な状態になるといわれ、動物保護団体も調査結果に注目している。
 1982年のフォークランド戦争のときに英軍パイロットが初めて「ペンギン倒し」を確認したという。ペンギンは飛行中のヘリなどを捕食者と間違えて反応すると考えられ、その動きを目で追う際に首を上げるだけで体を動かさないため、後方にひっくり返ることが多いという。
 英軍は調査船を、南極に近いサウスジョージア島のペンギン生息地に派遣する。調査はヘリを使い、約1カ月の予定で行う。学者の間でも意見は割れており、英国南極研究所のリチャード・ストーン博士は「(転倒は)動物を知らない人たちの空想の可能性がある」と否定的だ。

 ペンギンが結構ものすごいことになっている。
 興味深い点はいくつもあるが、まずはこの転倒現象がフォークランド紛争のときに確認されたことだ。いったいどういう状況だったのだろう。
 英軍パイロットのピートはある夜、消灯時間前に同僚のジョンに思い詰めた様子で話かけるのだった。
「ジョン、話があるんだ」
「何だい、ピート」
「いや、こんなこと言うと、俺がどうかしちゃったかと思われるかもしれないが」
「おかしなピートだな。言ってみろよ」
「今日、飛行中に下を見たんだ、サウスジョージア島のあたりで」
「うん」
「そしたらペンギンがいてね」
「ピート、待ってくれ。もしかしてお前がいいたいのは」
「えっ。ジョン。もしかしてお前も」
 互いに指さしながら顔を見合わせるピートとジョン。
「なんか、こう、ぱたってなるんだよな」
「そうそう。こう、ぱたぱたぱたって」
「うんうん。ぱたぱたぱたって」
「これ、やっぱり報告しておいた方がいいのかな」
「報告しよっか」
「でもさ。怒られないかな、こんなこと報告して」
「そうだな。でも、しないのもまずいんじゃないかな」
「ジョン、お前、報告しといてくれよ」
「やだよ。ピートがやれよ」
「やだよ。……じゃんけんで決めようか」
「……そうだな」
「それじゃ、じゃーんけーん」
「待ってくれ、ピート。最初はグーで行こう。最初はグー」
「オールライト。さーいしょはグー」
 まあ、イギリス人がこういう場合にじゃんけんで決めるかどうか、ましてや最初はグーを知っているかは置いておくにしても、概ねそういうことだったのだろうか。
 また、この記事から判る興味深い事実は、ペンギンは他の鳥よりもむしろ人間に似ているということだ。もし他の鳥ならば、群れのすべてが同時に見あげ、同時にひっくり返るはずだ。そう、吉本新喜劇の如くに。だが、この記事には「将棋倒しのように」と書いてある。ということは見あげていて転倒するのは一羽きりなのだろう。前の方にいるそいつが転倒するので、そこから後ろが将棋倒しになるわけだ。
「あー、なんか、飛んでる。あれれ。ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
 私が無駄に行数を稼いでいると思わないでいただきたい。状況を可能な限り正確に想像して書いているのだ。
 場合によってはもっと多くの群れかもしれない。そしたら、更に、
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
「ぱた」
 ということになるのだろう。断っておくが、行数稼ぎではない。
「群れ全体が転倒して危険な状態になる」というのも興味が尽きない。いったい、どういう危険な状態なのだろうか。
 それは、もしかして、こういうことか。
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
「じたばた」
 ちなみに行数稼ぎではない。
 更には「調査はヘリを使い、約1カ月の予定で行う」という部分も見逃せない。やはりわざと群れの上にヘリコプターを飛ばして様子を見るのだろうか。それを、別の調査班が双眼鏡を覗きながら、片手に持ったカウンターで算えてゆく。野鳥の会の如くに。
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
「かち」
 繰り返すが、行数稼ぎではない。断じてない。ないったらない。
「隊長。ただいまの結果、八十三羽の転倒が確認されました」
「ふうむ。そいつは危険だ。ほれ、見てみろ。じたばたしてるぞ」
「じたばたしてますね。確かにこれは危険です」
「危険だな」
「危険です」
「よし。もう一回やってみよう。シーキューシーキュー。ヘリコプタ班。オーア」
「ぐじゅ。こちらヘリコプタ班。オーア。ぐじゅ」
「もう一回頼む。オーア」
「ぐじゅ。了解。オーア。ぐじゅ」
「よし。カウント開始」
 どうせ、また行数稼ぎだと思うだろうが、今度は違うぞ。
「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」「かち」
 これで文句あるまい。
「隊長、ただいまの結果ちょうど百羽でした」
「ふむ」
「ぐじゅ。隊長。こちらとなり島のB班、となり島のB班。オーア。ぐじゅ」
「どうした、B班。オーア」
「ぐじゅ。たった今こちらの島でもペンギンの転倒が確認されました。オーア。ぐじゅ」
「なにっ。そいつは大変だ。ライアル・ワトソンに知らせなきゃ」
 ペンギンの転倒。それは人類への警鐘なのか。


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2000/12/23
文責:keith中村
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