第341回 やっぱりな


 映画のできの善し悪しは誰によるか、という議論があってこれに関しては、監督の技量だという人もおれば、脚本の面白さだという話もあり、いややっぱり役者の演技だよ、という主張もある。
 私は映画は監督のものだと考えているが、それにしても譬えば「死霊の盆踊り」は、仮にヒッチコックやスピルバーグが撮っていても救いようがない作品になっていたことだろう。そう考えるとまず物語がしっかりしていないと駄目だということになるから、脚本家に負うところが多いのかもしれない。
 先日テレビで洋画を観ていた。火星を舞台にしたSFもので、ヒーローとヒロインが洞窟の中で絶体絶命の窮地に追いやられる場面があった。結局背後の岩壁が崩れて抜け道が現われ彼らは助かったのだが、その抜け道を発見したときの二人の反応がまったく違っていたのは興味深かった。
 ヒロインは、どうしてそんなところに抜け道があるのかと訝しんで「あら」と驚きの声をあげたのだが、ヒーローの方は「ふっ」と鼻で笑って呟いたのである。
「ふっ。やっぱりな」
 吹き替えだったので、本当はどんな英文だったのか判らないのだが、ともかく私はこれを観てすっかり感心してしまった。「やっぱりな」の説得力に感服したのだ。
 というのも、ヒロインの疑問はいわば我々観客の疑問そのものである。どうしてそんなに都合よく抜け道があるのか。御都合主義じゃないか。だが、そこに「やっぱりな」が登場することで我々の疑問は払拭される。
 この場面の科白がもし次のようだったらどうだろう。
「あら」
「ともかく逃げよう」
 これでは、観客は納得しない。待て待て待たんかい、逃げるのはええけど、なんでそんなとこに抜け道があるねん、おかしいやないけ、われ、そこをはっきり説明してから逃げたりいな。そういう感情を抱き、物語に素直についていけなくなるのだ。
 あるいは、次のようだったらもっといけなかったろう。
「あら」
「不思議だけど助かってよかったね」
 これでは脚本家の怠慢である。説明の抛棄である。
 だが、実際にはこうだったのだ。
「あら」
「ふっ。やっぱりな」
「やっぱり」というのは物事が予測通りになっていることを意味する言葉である。
 なるほど。何故だか判らないが流石はヒーローだ。こんなところに抜け道があることまで判っていたのだ。御都合主義なのかもしれないという我々の不審は、この言葉を聞いて消え去る。やっぱりヒーローは凄いやね、まったく。
 これほどまでに簡潔でしかも説得力を伴った言葉があるだろうか。しかもこの言葉は他のあらゆる種類の映画に適用できるものなのだ。
 一例を挙げよう。大広間にすべての人間を集めた探偵はおもむろに一人を指さして言うのだ。「犯人はあなたですね」こくりと頷き、そのまま項垂れる犯人。
 今までの推理劇ならここで警部が「金田一さん、どうして彼女が」と驚き、探偵はそこから長々と推理を解説することになるのだが、これからは違うぞ。警部が口を開く前に言ってしまえ。
「犯人はあなたですね」こくりと頷き、そのまま項垂れる犯人。探偵、天井を仰ぎ見て一言。
「ふっ。やっぱりな」
 ここで肝要なのは、間合いである。「やっぱりな」があまりに早いと何だかはしゃいでいるようで連続殺人事件のあととしてはやや不謹慎に聞こえるし、あまり遅いと先に警部が「金田一さん、どうして彼女が」と驚いてしまうため、探偵はいささか自信がない場合でもそれに答えて自分の推理を述べなければならなくなる。
「犯人はあなたですね」こくりと頷き、そのまま項垂れる犯人。ここで市川崑なら全員の驚いた顔を順に短いショットでぱっぱっぱっと押さえてゆくはずだ。今だ、言え。石坂浩二。
「ふっ。やっぱりな」
 これで警部は「金田一さん、どうして彼女が」と言う機会を逃したはずだ。ヤマ勘が当ったぞ。良かったね、石坂浩二。
 クイズ番組でも「やっぱりな」は活用できる。
 司会者「第一問。『吾輩は猫である』を書いた小説家は」
 ぴんぽん。
 司会者「山田さん」
 山田「芥川龍之介」
 ぶー。
 司会者「正解は夏目漱石でした」
 山田「ふっ。やっぱりな」
 山田さんは判っていたのに敢えて間違えたんだな。視聴者はそう思ってくれるはずだ。椅子がぐるぐる廻ってもちっとも恥ずかしくないぞ、山田。
 もちろん日常生活においても「やっぱりな」は大活躍だ。

 母親「これっ。このテストの点はいったいどういうことなの」
 息子「ふっ。やっぱりな」

 客「おいっ。このラーメン、ゴキブリが入っているじゃないか」
 店員「ふっ。やっぱりな」

 東家「ローン。四暗刻単騎。親の二倍役満」
 北家「ふっ。やっぱりな。しくしく」

 妻「どうしてそんなに稼ぎが少ないのっ」
 夫「ふっ。やっぱりな」
 痛いいたい。爪は止せ、爪は。


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2000/12/07
文責:keith中村
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