第340回 秋の夜長に


 秋の夜は長いという言い方があり、文学的には秋は一年でいちばん夜が長い季節であるとされていて、実際にはもちろんもっとも夜が長いのは冬至だから秋ではないのだけれど、暖房の進化していなかった昔はいくら冬の夜が長くても寒くて寒くて仕方がないから早いとこ寝てしまえということになっていたろうから、冬を除外して考えれば確かに秋は夜がいちばん長い季節と言ってよいことになり、それゆえ折角のその夜長をだらだらりんと無為に過ごすのも勿体ないとの考えから「芸術の秋」だの「読書の秋」だのと称して何らかの文化的かつ有意義な行為をおこなうべしと奨励する風潮があるのだけれど、こういう風潮についてどうにも鼻持ちならぬのは、ここで言う「文化的」の周囲に何やら安っぽくて通俗的俗物的腐臭がそこはかとなく漂っていることで、私などはそれならばいっそ気楽にビデオで映画でも観て秋の夜長を過ごすほうがよっぽど健全で潔いものではないかと考えるのだけれど、ビデオは劇場と比べると「好きな時間に好きな映画を選んで観られる」利点があるからこれを活用するとたとえば「バック・トゥ・ザ・フューチャー」三部作をいっぺんにまとめて観ることも可能である。
 しかし、ここで注意しなければならぬことがひとつある。というのも、そういう場合人はついつい「よし、今日はバック・トゥ・ザ・フューチャー大会だ」などと呟いてしまったりするのだ。バック・トゥ・ザ・フューチャー大会。いったいこの無防備な響きは何だろう。これが「エイリアン大会」だったら良かったかというと、そういうものでもないし、あるいは「スターウォーズ大会」だったら「イウォーク・アドベンチャー」をシリーズと看做すべきかどうかというまた別の重大な問題が発生する。
 ともあれ、「大会」にどこかしら無防備な響きがあることは間違いない。たとえば、夕御飯。今日は奮発して焼肉だというとき、父親がホットプレートを前に家族をにこにこと眺めながら言うのだ。
「よし、今日は焼肉大会だ」
 何だろう、この無防備すぎる陽気さは。
 焼肉大会。
 ただ肉を焼くだけなのに大会なのだ。だが、家族の誰もがその無防備さに気付かなかったのであった。
 大会は危険だ。我々は気付けばあらゆる物事に大会の名を冠してしまうのである。
「さてさて花火大会のはじまりはじまりー」
 子供向けの花火セットで遊ぼうかという程度でもついそんなことを言ってしまう。
「今日は家族でお掃除大会よ」
 おいおい、箒を握りしめている場合じゃない。騙されるな、それはただの大掃除だぞ。
 だが、大会にはついつい無防備に「なるほど、そんなものか」と聞き流してしまう効果があるのだった。
 さて、焼肉に話を戻すが、もし父親がこう言っていたらどうだったろう。
「よし、今日は焼肉フェスティバルだ」
 文脈としては、大会というのにかなり近い。しかし、フェスティバルだ。英語で言うとフェスティボー。これは聞き捨てならない。万が一このように発言してしまった場合、そろそろ一人前の口を利くようになった長男がぼそりと呟くのである。
「グラム三百円の肉で、何がフェスティバルだよ」
 こうなると、それを聞きとがめた父親が「生意気な口を聞くな」と怒鳴るわ、息子は「うるせえな」と更に口ごたえするわ、父親が卓袱台をひっくり返すわ、母親はお盆を抱えておろおろするわ、妹は泣き出すわ、味噌汁はひっくり返るわ、茶碗は飛ぶわ、犬は吠えるわ、猫はくるくる走りまわるわ、障子は破けるわ、椅子は飛ぶわ、頭は割れるわ、坊主は歌うわ、小僧は洟を垂らすわ、仙吉は奉公するわ、議員は寿司を奢るわ、驕る平家は久しくないわ、弁慶は義経を打擲するわ、幹事長も感じちゃうわ、厚生大臣はこうせいああせいとうるさいわ、首相は殊勝になるわ、おたまじゃくしは蛙になるわ、トトオも蛙になるわ、メルモちゃんは大人になるわ、ダンヌンツィオは暴れるわ、ダントンは断頭台に登るわ、広東料理はさっぱりしてるわ、タンニンはお茶から取れるわ、堪忍袋の緒は切れるわ、弁慶はまだ勧進帳を読んでるわ、安珍は清姫に閉じ込められるわ、八百屋お七は火をつけるわ、そりゃもう切れた堪忍袋の緒が蘇生する暇もないほどだわ、耳から毛は生えるわ、口から仏さんが連なって出てくるわ、腕がロケットパンチになるわ、眼から光線は出るわ、「おらおらー」言うてる奴はいるわ、「おんだばだー」言う奴はいるわ、「そこまで言うなら俺も言うたる」と叫ぶ奴はいるわ、「それだけは言わんとってくれ」言うてる奴はいるわ、「それだけはどうしても言えなかった」言うてる奴はいるわ、「それだけは聞かんとってくれ」書いてる奴はいるわ、地図は廻るわ、皿も廻るわ、時代も廻るわ、木村拓哉をキムタクと略すくらいならまだしも本上まなみまでホンジョマと略すわ、ドン・ジョバンニはドンジョバと略すわ、超ベリーバッドはチョベリバだわ、シャバダバダはドゥビドゥワだわ、ドゥビドゥワはドゥーワップを産むわ、ドゥーワップはドゥワーを産みし後百三十年生きるわ、ドゥワーは童話を産むわ、童話はメルヒェーンとポエマーと金子光晴を産むわ、童話はまたグゥワーを産みし後二百五十六年生きるわ、グゥワーはグワーとグワグワーとグワワワーを産むわ、グワワワーはワワワを産むは、ワワワは輪が三つだわ、オリンピックは輪が五つだわ、恋人よは五輪真弓だわ、恋人はサンタクロースだわ、変人はサンダル喰うとるわ、サンダカンは八番娼館だわ、うちのマンションの周りは廓街だわ、マンソンはシャロン・テイトを殺すわ、マディソン郡には橋があるわ、エジソンは発明するわ、メディスンは薬だわ、目白は鳥だわ、目黒は秋刀魚だわ、石黒は賢だわ、那智黒は何故か黒人とお婆ちゃんが踊っているわ、野沢那智はアラン・ドロンだわ、ついでに鮎川魚紳さんだわ、ナチはドイツだわ、ポチは犬だわ、エッチは俺だわ、スケッチに乾電池だわ、エレキテルは平賀源内だわ、静電気で髪は逆立つわ、怒髪天はお初天神とちょっと似てるわ、弁天町は大正の次だわ、大正は明治の次だわ、明治は慶應の次だわ、慶應は早稲田だの次だわ、そりゃもうどうやっても収拾がつかぬほどの事態になるのだが、そんなことにはお構いなしに、秋の長い夜はまだ続く。


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


2000/10/23
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com