第339回 カツカレーがだめです


 定期購読している雑誌はないのだが、気分によっていろんな雑誌を買ってきてつらつら眺めることがある。特に面白いのはまったく立場の異なる二誌を併読することだ。たとえば朝日の「論座」と産經の「正論」を一緒に買ってくると、かなり楽しめる。
 その「正論」で最近「ハイ、せいろん調査室です」というコーナーが始まった。読者からの質問や相談を受け付けて回答するもので、回答は編集部かあるいは質問を読んだ読者が次号に投稿しておこなうようになっている。
 質問には、京都の旧日本軍兵器を展示していた美術館が移転したが、移転先が判らぬゆえ調べてほしいだの、陸軍中野学校の送別会で歌われていた「三々壮途の歌」の歌詞を教えてほしいだのといった、流石に右翼的なものが並んでいる。
 ただしどんな場所にも勘違いした人間はいるもので、十四歳の少年から「好きになった異性を彼女にする方法を教えてください」という相談が寄せられていたりする。これには七十歳の元自衛官が回答しているのだが、曰く、
「君はまだ十四歳で彼女を持ってはなりません。文武両道を励むのです。そして胸の奥に、彼女の面影の灯をともし続けなさい」
 十四歳で「正論」などを読んでいるというのもどうかと思うが、このご老体の提言もこれはこれでちょっとどうなのだろうと思う。まあ右翼的ではあるが。
 だが、いちばんとんでもないことになっていたのは、三十四歳医師の安東さんの質問である。

 さる八月十二日、十三日と鹿児島県知覧の特攻平和祈念館に行ってきました。お盆にもかかわらず大勢の老若男女が見学に来ていました。

 そんな書き出しで始まる。特攻隊に関する質問なのだろうか、と思いながら読みすすめたのだが、続く文章は予想を大幅に越えたものであった。引用してみよう。

 ところで今回言いたいのは、食事についてです。そばに農協の経営するレストランがあるのですが、名物の黒豚カツカレーがだめです。九百円もするのに。大きさ、厚さはまずまずなのですが、もさもさしていて少しも旨みがありません。ルーもおいしくなかった。

「黒豚カツカレーがだめです」
 ものすごいことになっている。カツカレーがだめ。この医師は知覧に行っておいてカツカレーの駄目さを主張しているのだ。しかも右翼系雑誌に。ルーもおいしくなかったのだそうだ。そればかりではない。

 去年食べたときはまあまあでした。今年も期待していたのにがっかりです。客にまた来ようと思わせるようでなくては、ほかの食べ物屋に客を取られてしまうのではありませんか。

 去年も来ていたのだ。「期待していた」ということは、彼の人はつまり英霊に会うためにや非ず、黒豚カツカレーに会いにわざわざ知覧まで行ったのである。
 おまけに、
「客をとられてしまうではありませんか」
 要らん心配までしている。
 確かに私だってカレーは大好きだから、「カツカレーがだめになる」という事態には人並みならぬ関心を持つ。しかし、この投稿は何か趣旨が違うような気もする。
 さて、ここまで引用した内容をお読みいただいて、質問コーナーなのにまだこの医師が質問をしていないことがお判りだろうか。実はこれだけ長々と書かれた部分はまだ導入部分だったのである。初めのほうに「言いたいのは」とあるように、質問ではなく単に「言いたい」ことを書いていただけであったのだ。質問らしい箇所は最後の段落にようやく出てくる。

 ちなみにカツカレーといえば、山形県温海町道の駅の食堂では半端でなくでかいカツを使っていました。ここも今はどうなっているのでしょうか。

 話の運びがかなりのことになっている。カツカレーを軸に話を鹿児島から山形までいっぺんに飛ばしてしまった。そしてとうとう最後の最後に出てきた質問は、こうだ。
「今はどうなっているのでしょうか」
 どうだ、このものすごい大雑把さは。
 いったい何を言いたいのだ。何を訊きたいのだ。こんなもの回答のしようがないじゃないか。
 だが、編集部は立派だった。これに回答をつけている。

 知覧の特攻平和祈念館のそばには確かに農協が経営している「知覧亭」というレストランがありました。
 知覧の名物は実は黒豚ではなく茶美豚(チャーミートン)というお茶を食べさせて育てている豚なのですが、安東さんが食べたカツカレーは名物ではない黒豚だったようです。

 なんと、安東は名物でもないものを「名物の黒豚カツカレーがだめです」などと断罪していたのである。回答は続く。

 さっそくレストランの店長にカツカレーの味が変わったかどうか問い合わせましたところ、昨年と今年とでは料理人が変わっているとのことでした。以前は洋風な味つけが中心だったようですが、現在は和風の味つけに変わっているそうです。
 ただ、この和風味つけのカツカレーの評判は決して悪くないようで、「知覧亭」では人気メニューのひとつでもあるようです。ただし、安東さんの意見は非常に貴重とのことで、「今後のためにも参考にさせて頂きます」とのことでした。

 編集部は、知覧亭のカツカレーを弁護しつつ、店長にも安東医師の意見を伝えている。ジャーナリズムの鑑のような行為ではないか。店長の、半ば言いがかりに近いこんな意見への「参考にさせて頂きます」という回答も素晴らしい。謙虚というか懐が広いというか、かなり器の大きな人物と見た。
 このあと、回答も山形のレストランのことへ移る。

 また山形県温海町のカツカレーですが、道の駅のレストランから、「特に大きいカツを使っているつもりはないが、大きいと言われれば大きいかもしれない。見慣れてしまって良く分からない」というコメントを頂きました。

「見慣れてしまって良く分からない」
 この大らかさはどうだ。こちらの店長もかなりの大物である。
 さらに回答は続く。

「また、この道の駅では温海町の名物、あつみ豚を使用しています。JA庄内たがわ温海支所の話によりますと、「あつみ豚」は山形県庄内高品質豚の中の一つとして位置づけられているそうで、かつて豚の上物率を、庄内管内の養豚農家で競った時期があり、四年連続上物率一位に輝いたことがあります。
 それを機に建てられたあつみ豚のシンボルタワーは、道行く人や地元の方々に評判がよいとのことです。

 後に「あつみ豚のシンボルタワー」の写真が添えてある。これを見る限りタワーというよりは何やら白い豚の像で、それほど評判がよさそうなものにも見えないのだけれど、それはまあよいだろう。結局このやりとりを簡潔にまとめると、

質問「山形の半端でなくでかいカツは今はどうなっているのでしょうか」
回答「大きいと言われれば大きいかもしれないが、見慣れてしまって良く分からない」

 ということなのであった。
 知覧の話はどうなったのだ。特攻精神は何処へ。
 このままではカツカレーどころか我が国がだめになる。
 なんとかして。元自衛官のおじいさん。


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2000/10/15
文責:keith中村
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