第338回 人民軍のおじさん


 古本屋は値段が安いためつい無用な書籍を買ってしまうことがある。
 先日、古本屋に行った折、「少女が見た北朝鮮」という本を買ってきた。呂錦朱(ヨ・クムジュ)という北朝鮮、マスコミ関係者風に言うと北朝鮮朝鮮民主主義人民共和国から韓国に亡命した女子の人が、北朝鮮での生活を記したもので「ザ・マサダ」というあまり聞いたことがない出版社のものである。
 内容はというと、まあいわゆるところの北朝鮮の不条理な生活を曝露しているもので、どこまで本当なのか真偽のほどはわからない。読んでいて、北朝鮮でずっと生まれ育った人間が書いたものにしては、あまりに西側の「常識」に寄り掛かった記述が多いため、「少年H」を読んだときのような胡散臭さ不自然さを感じる。
 たとえば、北朝鮮には整髪料がないからパーマの手入れができなくて頭がぼさぼさになる、ということを書いている章があるのだが、この冒頭一段落を引用してみよう。

 北朝鮮では、パーマをかけている女性はかなりいますが、彼女らに一つ共通する点があります。それは、かけたあと髪の毛がボサボサになり、しかも頭が膨張したような感じになること。これは、もちろん黒人のミュージシャンの真似をしているからでも、金正日の真似をしているからでもありません。

「金正日の真似をしているからでもありません」
 ちょっとなかなかな素晴らしい譬えである。
 亡命後間もない人間、しかも著者は「喜び組」と呼ばれる金日成金正日親子に直接仕える未婚女性の組織の候補生にまでなった人間らしいのだが、それが、はたしてこのように最高指導者をおちょくる内容を書けるのかどうか、と考えるとこの本はちょっと胡散臭いのだが、面白いからよしとしよう。
 いちばん興味深かったのは、人民小学校低学年算数の教科書にあった問題ということで引用してあった次のものである。
「米国の奴らが四人います。そこへまた二人来たら、敵は何人になるでしょう」
「米国の奴らが四人います。人民軍のおじさんがバン!バン!と銃を撃って、二人が死にました。残っているのは何人でしょう」
 人民軍のおじさんはすごいぞ。二発で二人殺している。百発百中だ。ところで、このふたつめの問題は小学校低学年にはかなり難しいのではないだろうか。先生、人民軍のおじさんは数えるのですか。
 まあしかし北朝鮮を嗤っている場合ではなく、私も学生時代に学習塾でアルバイトしていた頃にこういう問題を見たことがある。
「人間の血液は体重の十三分の一の重さがあり、そのうちの三分の一以上出血すると命に関ると言われています。さて、太郎くんは体重が39キログラムです。太郎くんは何キログラム出血するまで平気でしょうか」
 そんなもの、たとえ十グラムの出血でも平気ではないぞ。
 さて、本の話に戻るが、この女子の人によると北朝鮮の学校ではかなり喧嘩をやっていたそうだ。しかも男子と女子での喧嘩も珍しいことではなかったという。

 女子に口で負けそうになると、男子はテコンドーの真似をして女子を威嚇してきます。

 テコンドーとは、さすがに朝鮮である。と思ったが、日本人同士で空手の真似をして威嚇するというのは、あんまり見ない気もする。むしろ、海外で強盗に襲われそうな時にそういうことをする方が多いように思う。テコンドーの真似で威嚇。ちょっと見たい。かなり見たい。

 いったんケンカが始まると、傘は飛ぶわ、椅子は飛ぶわ、傷ができたの頭が割れたのと、もう大騒ぎでした。

 ずいぶんものすごいことになっている。
「頭が割れた」
 頭が割れるのだ。こりゃ大変だ。北朝鮮では学校内の喧嘩も命懸けらしい。
 なんとかして。人民軍のおじさん。


新着順一覧 − 日付順一覧 − 前を読む − 次を読む − トップページ


2000/10/10
文責:keith中村
webmaster@sorekika.com