第337回 適当にシャウトしよう


 バンドスコアというものがある。ギター、ベース、ドラム、ボーカルなどすべてのパートの楽譜が並べて書いてあり、しっかりコピーするとオリジナルにかなり近い演奏が可能になるというものである。
 アマチュア・バンドとか多重録音少年が、プロの曲で気に入ったものをきっちり真似したい(完全コピー略して完コピという)と思ったとき、同じ曲を何十回も必死に聴き込んだりせずとも済むため、かなり重宝する。
 もちろん、通常ロックバンドというのはいい加減なものであるから、プロであろうと多くは、楽譜を作ってから演奏したり、演奏を楽譜におこしたりはしないものである。スタジオに籠って「んー、そこはもっとこう、わあっという感じで」などとやってゆくうちに曲を完成させてしまう。いい加減と言えばかなりいい加減だが、凄いといえばかなり凄い。いずれにせよ、大抵の場合、本人たちが楽譜を残すことはしないわけである。
 では、なぜ楽譜が出まわっているかというと、出版社のほうで曲を何度も聴き込んで、譜面に起こしているのである。で、どういう人が楽譜に起こしているのかというと、こういう人である。
「とても耳のいい人」
 とても耳のいい人は、たいていとても耳がいいのだが、それでも聴き違えることがないわけではない。また、ロックの演奏というやつは、それぞれの楽器がこれでもかといわんばかりに自己主張していて喧しいので、何度聴いてもどうしても聴きとれない部分だってあり、そういうのは「普通はこうなっているんじゃないか」と想像で補われたりしている。
 そんなわけでバンドスコアはそれなりに正しいがそれなりに誤りも含んでいるものである。しかし、とても耳のいい人ではない私が聴き取るよりは恐らく正しいので、気に入ったアルバムのバンドスコアは何冊か持っている。
 バンドスコアでいちばんありがたいのはギターの「速弾き」のパートで、これは自分で聴きとろうとしても演奏が速すぎてなかなか難しいものが、きっちり楽譜になってくれている。
 私は大学の頃、ジミー・ペイジが大好きだったのだが、ツェッペリンに「ハートブレイカー」という曲がある。この曲は途中にかなり長い速弾きのギターソロがあり、まあ最近の六十四分音符なんかを詰め込みまくっている速弾きギタリストに比べたら、遅いし、それに不要な音もいっぱい鳴ってしまっているような下手糞なものなのだが、それでも当時の私は「このもの凄い速弾きを是非真似してみたい」と考え、この曲の入っている「レッド・ツェッペリン2」というアルバムの楽譜を買ってきた。
 わくわくして、この曲のページを繰って、ギターソロの楽譜を眺めてみた。
 その手前まではきっちり採譜してあるのだが、ギターソロの部分にはオタマジャクシが書かれておらず、代わりにこういう文字があった。
「フリーソロ」
 私は悔しさのあまり、楽譜をぎりぎりと噛み締めた。これではまるで詐欺である。金返せ。
 さて、バンドスコアは出版社によっては楽譜の前に短い「演奏の要点」のような文章を載せているものもある。
「C、Dのパートはギターとベースのユニゾンのフレーズが続くので、リズムに気をつけてタイミングを合わせるよう心掛けてほしい」
「ソロパートのギターは、音色をレスリー・トーンで、コーラスのスピードを上げ、デプスを中ぐらいにするとよい」
 そういう注意書きを並べてあるわけだ。
 こういう部分を眺めていると、時どきおかしな文章に出会う。
 私が持っているイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」の註釈にはこうある。
「かなり多くのギターがオーヴァー・ダビングされているので、ステージで再現することは不可能に近いが、イーグルスは、ダブル・ネックのギターをステージで使って頑張っていたようだ」
 頑張っていたようだ、という冷静で客観的でありつつ何となく偉そうな表現が、何だか素晴らしい。
 また、次の文章はローリング・ストーンズの「ビッチ」という曲の楽譜にあるものだ。
「Hの部分のボーカルは、譜面では「Ad-lib with Feeling」となっている。ここは、雰囲気を出して、適当にシャウトしよう」
 なっているも何も、そういう手抜きの採譜をしたのは自分ではないのか。それを棚にあげておいて「適当にシャウトしよう」などと抜け抜けと呼び掛けるところが、なかなかロック魂溢れる文章である。
 同じくストーンズの「サティスファクション」には、
「あと、暇な人がいれば、3、4拍目にタタタンと入るタンバリンを入れてくれるとありがたいね」
 と書かれてある。
「暇な人がいれば」もちょっとどうかと思うが、「ありがたいね」もこれでいいのだろうか。
 さて、ストーンズと並んで私はビートルズが大好きなので、楽譜もたくさん持っている。「ラバーソウル」に入っている「君はいずこへ」という曲、まあこの邦題もこれでいいのかという気はするが、この楽譜には、こう書いてある。
「さて、ドラムに関しては特に言うことはない。こんなのは誰にでも叩けるものだ」
 リンゴ。いいのか、こんなこと言わせておいて。


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2000/10/02
文責:keith中村
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