第336回 教えてコロンブス


 先日、我が家を訪れた知人が帰る折、「ここから駅はどちらの方だ」と訊いたので、私と家の者が同時に駅の方角を指さした。ところが私と家の者の人差し指はほぼ正反対の方向を示しており、あれれと訝しんでいる私に家の者は「どうしてあなたはそこまで方向音痴なのですか」と半ば嘆くように半ば憐れむように言った。どうやら家の者が示したのが正しい駅の方角で、私の示したのは全然見当外れの方角だったようだ。
 確かに私は方向音痴ではあるかもしれない。しかし、マンションの室内から駅の方角が判らないということがそれほど致命的な欠陥であるとも私は思わない。すでに半年も住んでいるこのマンションの玄関に立って、さて駅はどっちだっけと迷うというのであれば確かに異常なことだろう。しかしさすがに私だってそこまで方向感覚が欠如しているわけではない。表に出れば駅までの道順はきちんと判るのだ。部屋の中にいて、駅の方角が判らないというだけのことだ。これは別段恥じるべきことでもなければ困ることでもないと思う。だいたい私の住んでいるのは八階なのだから、室内から駅の方角が判ったからといってそのまま窓から出て空中をそちらの方向へ歩いてゆけるものでもない。マンションの中から駅がどっちだと判ったからといって特に便利というものでもないし、判らないからといって特に不便だというものでもないわけだ。
 しかも、あとで考えれば家の者が示した方角は駅より角度にして五度ほど西寄りで、私が示したのは駅からきっかり百八十度反対方向だったのだ。この事実は、実は家の者より私の方がより正確に駅の方角を示していたことを意味する。
 というのも、地球はその名が表すように球体である。もし地球が、昔の人が信じていたような平面の大地であったなら、確かに私が示した方向へ進めば進むほど駅からは遠ざかりやがては地球の「へり」から轟々と流れ落ちる瀑布の下へ落下してしまうわけで、私は大きな間違いを犯したことになる。しかし、球体なのである。すなわち、私が示した方角へ真直ぐ真直ぐひたすらに真直ぐ進めば、やがては確実に駅へ到達することが可能だということなのだ。それに引きかえ家の者が示した方角は約五度ずれていたのである。駅までは直線距離にしておよそ二百メートルであるから、もし家の者が示した方角へ真直ぐ真直ぐひたすらに真直ぐ進めば、二百メートル歩いた時点で約十七メートル駅から逸れた地点へ到達する。十七メートルも離れてしまうのである。これはかなりの距離ではないだろうか。身長百八十センチの大木凡人を寝かせてみると九人並べてもまだ頭ひとつ分くらいお釣が来る。考えて欲しい。この十七メートル分を補正して駅へたどり着こうとすれば、襲いかかる九人の大木凡人と大木凡人の生首ひとつを倒してゆかねばならないのだ。あなたはこの恐怖に耐えられるだろうか。大木ハザード。しかも、なかもひとりは同じく身長が百八十センチであるのをいいことに大木凡人に変装して紛れ込んだ蓮實重彦だったりするのだ。蓮實は「みしぇるふーこー」などと道理の通らぬことを叫びながら襲いかかってくる。蓮實ハザード。それでもあなたはゆくと言うのか。私なら厭だ。
 それに比べて私の示した方角はどうだ。ちょっと迂遠かもしれないが、確実に駅へ到達できるのだ。途中には灼熱地獄も極寒地獄もあるかもしれない。もしかしたら南洋の土人に取り囲まれるかもしれないし、謎の風土病に罹患するかもしれない。だが、それがどうしたというのだ。八人の大木凡人とひとりの蓮實重彦ならびに大木凡人の生首ひとつに比ぶれば、土人何するものぞ。風土病何するものぞ。私ならへっちゃらだい。
 ところで、最近になって気付いたのだが、世の中には二種類の人間しかいない。地図をくるくる廻す人間と、くるくる廻さない人間である。これは、方向音痴の人間とそうでない人間と言い換えてもよい。そして、悲しむべきことに私は前者に属している。
 地図を頼りにある場所を目指していると仮定していただきたい。あなたは地図をどうするだろう。私はくるくる廻してしまうのだ。
「ええと。こっちがこうだから、こっちはこっちになって」
 ここだけ聞くと何のことだか判らないようなことを呟きながら地図をくるくる廻す。時には地図を廻すだけでは飽き足らず、更に頭を右や左に倒して「うーん」と唸ったりもしてしまう。
 地図を廻さない人が羨ましい。廻さない人はすごいぞ。じっと地図を睨めつけて「うん」と頷いてから、豁然と一点を指さし「こっちだ」と断定する。断然恰好いい。そうだ。できることなら地図なんか廻さなくっても済むに越したことはないのだ。
 コロンブスという偉い人がいる。この人はきっと地図なんか廻さなかったろう。
 廻してたら厭だ。
「船長、どっちですか」
「うーん。えーと。ちょっと待ってね」
「船長」
「ふーん。そうだねえ」
 そう言いながら、コロンブスはくるくると地図を廻すのである。
「船長ってば」
「えーと。じゃあ、取り敢えずこっちかなあ」
 こんな駄目コロンブスではいけない。船員だってこんな船長には安心して航海を任せられないだろう。信頼を著しく低下させてしまう。やはりコロンブスにはもっと毅然とした姿勢でいてほしい。しかし、そういえばアメリカ大陸発見の航海では船員の不満が昂まり叛乱寸前の事態になったと聞いたことがある。
 コロンブス。もしかしたら、やっぱり廻しちゃったのか。


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2000/09/25
文責:keith中村
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