第334回 モオツアルト


 問題はモオツアルトである。
 人間の五感すなわち視聴嗅味触覚は、もちろん人間以外の生物が等しく所有している感覚ではない。たとえば犬などは視覚は人間より劣る代わりに嗅覚が比較にならぬほど優れているし、蝙蝠やスティービー・ワンダーは視覚が機能しない分を卓越した聴覚で補っているらしい。蚯蚓が落ち葉を食べて美味だと感じるのかどうかは甚だ疑わしい命題であり、これを考えるに結局のところ感覚には物理的生理的なものだけでなく文化的な側面があることを了解しなければならないのではないかと思う。
 味覚について言えば、いたんでいるものを不味いと感じて咄嗟に吐き出すのはもしかしたら本能的なものかもしれないが、何を美味だと感じるかは文化であると言い切ってよい。嗅覚についても然りである。文化の問題でなければ、納豆やくさやの干物、鮒寿司の説明がつかない。ゆえに、文化が違えば五感も違うのは当然であり、ましてや文化と呼べるものを所有してはおらぬだろう人間以外の生物に人間の感覚を適用して論ずるのは明らな誤謬といってよい。
 であるから、子供に環境保護を訴えるポスターなどを描かせると、電動鋸で伐採されつつある樹木が「いたい痛い」と泣いているようなものを仕上げてきたりして、思慮が浅い馬鹿の大人の人はこれを褒めそやしたりするが、こんなものは単なる感傷に過ぎない。
 それはさておき、問題はモオツアルトである。
 こういった言説を見聞きすることがある。
「ビニルハウスの中に拡声器を取り付け、モオツアルトを流すようにしたら、栽培している野菜や果実が大きく育つようになった」
「酒蔵でモオツアルトを流すと、できあがる酒が美味くなった」
「牛舎でモオツアルトを流すと、牛肉がおいしくなった」
 モオツアルトがものすごいことになっている。
 時には「モオツアルト」の部分が、単に「クラシック」だったりもっと広く「音楽」だったりすることもあるが、こういう意見で多いのはやはり何と言ってもモオツアルトなのである。
 いったい何故にモオツアルトなのであろうか。
 因果関係がちっとも判らない。一生懸命考えてみた。牛はモオと鳴く。ゆえにモオツアルトなのか。一生懸命考えたのだ。駄洒落を考えたのではない。一生懸命に駄洒落を考えたのでもない。だが、これではハウス栽培や酒蔵の洒落にはならない。いや、ハウス栽培や酒蔵の説明にはならない。
 問題はモオツアルトである。
 ヲルフガング・アマデウス・モオツアルト。一七五六年一月二七日生れ。水瓶座。動物占いは狼。
 モーツアルトは天才として知られている。僅か三歳でハープシコードを弾き、五歳にして最初のメヌエットを作曲をした天才。
 やはり天才というところが要点なのであろうか。天才の曲はあまねくすべての衆生に理解できるということなのであろうか。ミミズだってオケラだってアメンボだってみんなみんな聴いているんだ天才なんだもん。なんだもん。そういう仕組みか。文化が違おうが文化がなかろうが、モオツアルトは理解できる。そういう具合だ。
 私は試しに、洗濯物を畳んでいた家の者に向かって、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を口三味線で歌ってみた。これで大きく育つかな、大きく育ったら半鐘泥棒とからかって苛めてやろう、と思いながら、ちゃららら、らあん、と歌っていると、家の者は不審そうな眼で見る。ここで負けてはいかんと思ったので、更にちゃらら、らららん、とやると、家の者は「忙しいから、あちらでひとりで遊んでいてくださいな」などと言う。あちらでひとりで遊ぶことにした。飼い猫が眠っていたので、その耳元で、ちゃっちゃっちゃららら、と歌うと猫は一声「にぎゃ」と叫び私の顔を引っ掻いて逃げてしまった。まったく、うちの者どもはどいつもこいつもモオツアルトを解さん。西瓜以下である。麹黴にも劣る奴等である。顔が痛い。
 こういう下臈の民はともかくとして、モオツアルトにはちょっとすごい効き目があるに違いないのだ。
 ピグミー族にモオツアルトを聴かせると大きくなったりするのだ。
 ソースコードにモオツアルトを聴かせるとバグが取れたりするのだ。
 遠足の前日にモオツアルトを流すと明日はきっと晴れるのだ。
 瓢箪に入れた水にモオツアルトを聴かせると知らぬ間に酒になっていたりなんかするのだ。
 ザクにモオツアルトを聴かせるとシャア専用ザクになったりするのだ。
 篠沢教授にモオツアルトを聴かせると更に倍になったりするのだ。
 浪花のモーツァルトにモオツアルトを聴かせると髪が生えてきたりするのだ。
 霊障で病気がちな人にはモオツアルトの壷だ。可愛いワンちゃんには半生タイプのモオツアルト、トップブリーダーも推奨です。お土産には銘菓モオツアルト饅頭をどうぞ。この秋お洒落なあなたをモオツアルトでカジュアルにコーディネイト。安全快適なモオツアルト方式ですから小さなボクにも安心です。鈴鹿八時間耐久モオツアルト。モオツアルトで見る見る痩せる。
 モオツアルトは地球を救う。


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2000/09/15
文責:keith中村
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