第33回 史上最大のないとき


 土井さんといえば宇宙飛行士の土井さんである。そんなことも知らなかった。以前にも言ったが、新聞をとっていないのだ。Yahoo! Newsしか見ていないのだ。しかも「エンターテインメント」すなわち芸能欄のみである。あまつさえ、それだってたまにしか見ないのである。そんなわけで土井さんを知らなんだ。仕事場には毎日朝日新聞が配達される。どっちだよ。だから、朝日新聞だ。毎日配達される。しかし、仕事場は暢気に新聞を開くことができる風潮ではない。のほほんと新聞を読んでいても、面と向かって「こらこら」とは言われぬだろうが、やはり何となく憚られる雰囲気があるのだ。幼い頃から世間知らずと言われたが、新聞を読まぬので今だに世間知らずである。そんなことはどうでもいいのだが、今日久しぶりに仕事場で新聞を開いた。上長が休みだったのだ。真っ先に見るのが「声」の欄というのも我ながらちょっとどうかと思う。その次には「折々の歌」そして「天声人語」。再びページを繰って株式の欄。サービス業の所にある我が社の株式価格を見る。見るたびに下落している。ひとごとであるから純粋に楽しむ。落ちるのを楽しむという点ではバンジージャンプと変わらない。その後、いしいひさいちの漫画を見るのも忘れてはいけない。そして、最後にテレビ欄を見るのだ。はい、おしまい。それだけか、と訊くなかれ。それだけ、なのである。充分ではないか。
 テレビ欄を見るのは楽しい。おそらくはテレビを見るよりも楽しい。テレビ欄の楽しみ方というのはさんざ書きつくされているので今更私が偉そうに講釈を垂れることではないが、ちょっとだけ書こう。
 この欄の楽しみは、早朝、深夜、国営放送の番組にとどめをさす。
 たとえば、こういうのがある。
「犬と楽しく暮らそう」
 再放送の印がついている。再放送するほどの人気なのだろうか。ステレオ放送の印までついている。犬の声が左右にパンするとか、そういうことか。しかも正午開始だ。やっぱり世の中には、「そうだ。昼になったら『犬と楽しく暮らそう』を見なくちゃ」などと思って午前中を過ごしている人もいるのだろうか。茶漬けでもすすりながらウキウキウォッチングするのか。そこまでして犬と楽しく暮らしたいのだろうか。世の中は深いものだ。
「生きている」
 そんなことを堂々と言われても困惑してしまう。「そっ、それはどうも。いやはや、ご苦労さまです」と思わず返答してしまいそうだ。
「生きている」のすぐあとには、
「わく理科」
「なぜ日本」
「調べ理科」
 というラインナップが控えている。謎めいていた番組の三連発である。ジェットストリームアタックを掛けられそうだ。
「わく」とは何事だ。理科だけに、ボウフラが湧くのを観察するのか。水が沸点に達するのを観察するのか。
「なぜ日本」といわれても困る。そうです、こんな国なんです。だけど、僕はこんな日本に生まれてしまったんです。仕方ないのです。何故日本は日本なのですか。日本は死にますか。ああ、いけない。さだまさしに憑依されそうになった。
「一人」
「ばあ」
 こうなると、何が言いたいのかさっぱり解らない。
 などと、味わってから新聞を畳むのが常なのだが、今日は思わぬ伏兵がいた。
 テレビ欄には「ないとき」というのがある。といっても「ないとき」という番組ではなく、「野球放送がないときはこれこれの番組を代わりに放送します」という奴である。地元のUHF局などではたいてい古い映画をやってくれる。ジュリアーノ・ジェンマのマカロニウェスタンだの、ジェリー・ルイスとディーン・マーチンの「底抜けシリーズ」だのを流すので、子供の頃は「ないとき」を待ち焦がれたものだ。
 昔は「ないとき」というのは野球中継に決まっていた。最近ではサッカーの場合もあろう。いずれにせよ、屋外で営まれる競技を中継する場合のフェイルセイフが「ないとき」なのである。
 ところがだ。NHK総合の午後五時のニュース。出し物は「土井さん二度目の宇宙遊泳」である。出し物ということもなかろうが、とにかくここに伏兵がいたのだ。すぐあとに括弧書きがある。

(宇宙遊泳できないとき)5.00N◇05視点ほか

 しばらくテレビを見ないうちに、人類は野球サッカーどころか宇宙遊泳をできるできないという所まで来ていたのだ。素晴らしい。おっちゃんが子供の頃にはな、ぼうず、千里の会場まで月の石ちうやつを見にいったんやで。何。知らへんのか、月の石。ルイ・アームストロングいう船長が取ってきはったんやで。
 それにしてもいったい、宇宙遊泳できないとき、とはどんなときなのだろう。
 急に土井さんが腹痛を訴えるとか、酸素ボンベが何者かによって空にされているとか、そういうことか。あるいはやっぱり雨天中止なのだろうか。
 詳しいことは判らないが、とにかくこの「ないとき」は今のところ人類にとって最も大きな「ないとき」なのである。参りました。
 そこで、ふと思ったのだが、テレビ局はもっと「ないとき」を応用すべきなのではないだろうか。
「驚異の超能力! あなたの眼の前でスプーンが曲がる曲がる!」(曲がらないとき『欽ちゃんの仮葬大賞(再)』)
「世界の驚嘆−アマゾンの奥地にカメラは捕らえた!! 幻の巨大アホロートルを発見!?」(発見できないとき『秋刀魚の味』岩下志麻 笠智衆ほか)
 こういう風になっていれば、あの昭和六十三年年末から六十四年正月にかけてだって、「ないとき」、あわわわ。いや。何でもありません。
 話を戻す。
 更には、七時からのニュースでもこの「宇宙遊泳」が出し物になっており、ここには

(延長の場合あり)

とある。
 どんな場合だ。
「いつもより余計に泳いでおります」とかそういうあれか。


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1997/12/04
文責:keith中村
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