第329回 覚えたての人


 以前に「入れたてのお茶」という言葉を使った宣伝があって、これに関して、あれは「淹れたて」ではないのか、いやこの場合は「煎れたて」だろう、などという議論が一部であったようだが、私はあの宣伝を見たとき、むしろこう考えていた。
「たて、とは何だろう」
 広辞苑によると、「たて」は「立て」であり、

  動詞の連用形に添えて、その動作が終って間のないさまを表す。「でき―」「焼き―」

 ということになっている。
 なるほど。他に言い換えるなら、「何何したばかり」ということだろう。「入れたて」は「入れたばかり」であり、「焼きたて」は「焼けたばかり」だ。
 だが、「たて」は「ばかり」よりも応用範囲が狭いようだ。というのも、「できたばかり」「つくったばかり」はそれぞれ「できたて」「つくりたて」と言い換えができるが、「捨てたばかり」はあまり「捨てたて」とは言わないように思う。「破ったばかり」は言うが「破りたて」は言わない。「たて」がつくのは、どうやら状態が整っていたり、完成していたり、瑞々しいような場合に限られるようだ。逆に、取り散らかされていたり、古びていたりするような、エントロピーが増大する方向では「たて」は使われにくいのではないだろうか。
 これはおそらく、「たてる」という語自身に整って完成した印象があるからだろうが、かといって「建てたばかりの家」というのを、
「建てたての家」
 というと何となく奇妙な語感になってしまう。
「立てたての盾」
 なら、もっと変であるし、これが、
「盾、立てたて」
 になるともう何だか判らない。
 あるいは、「たて」の意味に反する動詞を使って「眠りたて」とか「倒れたて」とかやってもやっぱりよく判らない。
 さて、世の中にはさまざまな種類の困った人が存在するが、その中に「覚えたての人」というのがある。
「山田くん、例の件はどうなっている」
「はい。それが、先方とこちらの認識に乖離がありまして」
「ふむ。で、先方の呈示する金額はどうなっている」
「それが、こちらの要求額とは随分乖離してまして」
「なるほど」
「なかなか乖離してますねえ」
 こういう場合の山田は「『乖離』を覚えたての人」である。覚えたての人は、知らなかった言葉を覚えると、何だか嬉しくって無闇と使ってしまう。何だかその言葉を恰好いいように思って、濫用してしまうのである。
 コンピュータの周辺では、特に「覚えたての人」が多いように思う。
 以前、ある知人と話しているときに、「ウェブのサイトで」と言ったら訊きかえされた。
「え。何で」
「だからウェブでさ」
「それ何」
「ええと、つまりウェブのページだよ」
「知らんよ、そんなの」
「そんなことなかろう。ええと、だからあれだ。いわゆるホームページでさ」
「ああ、なるほど」
 それからしばらくして、またその知人に会った。
「こないだ言ってたあれね。見たよ」
「何の話」
「ウェッブだよ。ウェッブ」
「うん」
「で、俺もヤフーのウェッブで調べたんだけどさ」
「ほう」
「ヤフーのウェッブにも同じようなウェッブがいっぱいあったよ」
 覚えたての人は、このように言葉の意味をややずらしたまま覚えてしまうことも多い。
 さらに困ったものは、覚えたての人と知ったかぶりの人の会話である。
「なんだか最近コンピュータの調子が悪くってさ」
「そりゃ、再インストロールが必要かもしれないよ」
「ああ。再インストロールね。そうそう。そうかもしれない」
「プロダイバはどこなの」
「プロダイバはね、ええと。まだ再インストロールしてない」
「そうかあ。俺はこないだ再インストロールしたよ」
「へえ。やっぱりそれが必要なのかな」
「うん。でないと、インターネットがあれでしょ」
「うん。あれだね。インターネットは何を使ってるの」
「俺はエクスプローラー」
「俺もそうなんだけど。やっぱりインターネットも再インストロールしなきゃいけないかな」
「もちろんさ。何しろ再インストロールしたら大丈夫だからね」
「そうだね」
 うくく。お前らみんな再インストールしたろか。  


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2000/07/29
文責:keith中村
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