第328回 張り切りすぎ


 特定の状況下で人が張り切ってしまうことは比較的よく知られている。
 判りやすい例を挙げてみよう。
 高校で野球部に所属している男子生徒がいるとする。この男子生徒は隣の学級の女子生徒であるところの鯖子を密かに恋い焦がれている。放課後の部活動で、野球の練習をしているこの男子生徒は、鯖子が偶然グラウンドの傍を通りかかるとついつい張り切ってしまうのであった。
「おらおらー。しまってこーぜー」
「ほら、そこ、レフト。守備が甘い」
 最前までだらだらと練習していた癖に、とつぜん大きな声でそんなことを言ってみたりする。
 あるいは動きがやたらと機敏になり、攻守交代のときに、とんぼを切りながら戻ってきたりする。
 つまり、人は、「他人により良い自分を見せようとするとき」についつい張り切ってしまうのだ。
 だが、ここで大事なのは張り切り方を間違ってはいけないということだ。
 また別の女子生徒鯵子のことが好きな男子生徒を例に考えよう。この男子生徒は理科クラブに籍を置いている。放課後、鯵子が理科室の前を通りかかると、この彼もまた鯵子にアッピールしようと張り切ることになる。
「おらおらー。みじんこ、みじんこー」
「ほら、そこ、先カンブリア紀。ベンゼン環はろっかっけー」
 あるいは動きがやたらと機敏になり、ペトリ皿を撹拌棒に乗せてくるくる回したりする。
 こういうアッピールのしかたは、かなりいただけないのではないかと思う。
 しかし、もっと注意しなければならないのは、張り切るという状態と調子に乗るという状態がかなり近いところに位置するという事実である。張り切った人は、つい調子に乗って無茶なことをやってしまうことが多い。
 テレビカメラの前の人も、張り切ってしまうことが多い。
 ニュース番組で現場中継の際、何人もの子供たちが訳もなくフレームの端っこに首を突っ込んで嬉しそうな顔でブイサインを出しまくるのはよく目にする光景であるが、このように調子に乗ってしまうのは子供だけではない。
「はい。本日お招きしたお客さまは大道芸二十年のヴェテラン、ジャグラー山田さんです」
「こんにちは」
「山田さんは吃驚するような芸をお持ちなのですが、いったいどんなものなのかご本人からお聞きしましょう。山田さん」
「はい」
「どんなことをなさるのでしょうか」
「この電動ノコギリをですね」
「はい」
「このように。えいっと」
 ういーん。ぎりぎりぎり。
「このように回転させたまま、これでお手玉をやります」
「大丈夫なんですか」
「はい。失敗したことは一度もありません」
「では早速実演していただきましょう。山田さん、どうぞ」
「ひょいひょいひょいひょい」
「みっ、みなさん。ご覧になりましたか。これはすごい。本物の芸です」
 ここで終わればよいものを、山田はつい張り切ってしまうのだった。
「これくらいは朝飯前です。実は今、ノコギリを四つ使うのを練習しているんですが」
「なんとっ。三つでもすごいのに、四つですか」
「はい。まだ完成はしていないんですが、ひとつここでやってみましょう」
「だ、大丈夫ですか」
「なあに。これくらい平気ですよ」
「で、では。よろしくお願いします」
「ひょいひょいひょい」
「ぎゃっ」
「やっ山田さんっ。どうしました」
「ひいいい。いやいやいや。何でもありません」
「山田さん、血が。血が」
「いや、何のこれしき」
「山田さんっ。なんか指が短くなってますよ」
「え、指。ひっ。ひゃあ」
「たっ大変だ。おい、誰か」
 このように、張り切って調子に乗った場合には悲劇を招来することが多いように思う。
 自慢する人もつい張り切りすぎる傾向にある。
 私の知人がかつてギターを買った。フェンダーのストラトキャスターというかなり高価なものである。さっそく彼は私に見せびらかしにやってきた。
「へえ。いいなあ」
 私は、自慢げにそのギターをかき鳴らす知人を羨ましく眺めていた。
「ほら、こんな弾き方もできる」
 知人はそういうと、ギターを背中に回して弾きはじめた。すっかりジミヘンになりきっている。
「こんなのもあったよね」
 今度は、腕をぶるんぶるん回しながら弾く。ピート・タウンゼントだ。
「これはどうだ。うりゃ」
 そういうと彼は、ストラップを支えに、肩のまわりにギターをぐるんと一回転させた。いや、させかけた。
「ぶちん」
 結構大きな音だった。音と共に、ギターは固定されていたストラップから外れ、床に叩きつけられた。
 買ったばかりのストラトキャスターのヘッドは真っ二つに割れていた。
 張り切るのも考えものである。できる限り張り切らずに生きてゆこうと思う。


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2000/07/16
文責:keith中村
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