第327回 人類みな鰯


 ナゴム系ナゴム系というから、有頂天とか筋肉少女帯とかたまとか、ああいうのが流行っているのかと思っていたら、これは聞き違いであって本当は「和み系」なのだそうだ。ははあなるほど、和み系ね、と首肯したものの、では、はて和み系とは何ぞや、と考えたらこれがよく判らない。名古屋系といえば名鉄グループであるし、輪ゴム系なら台所の蛇口にひっかけてある。のぞみ系というと五百系とか七百系とかであるし、アラン・ケイといえばダイナブックである。しかし和み系とはいったい何だか判らないというので、世間での「和み系」なる言葉の使われ方を見聞し綜合したところ、どうやらこれは心を和ませる対象物全般を指し示す概念であることが朧げながら掴めてきた。
 可愛らしい漫画、たとえばピカチュウやなんかをさして「和み系キャラクター」などと使うようで、他には和み系ミュージックと呼ばれる範疇もあって、要するに穏やかでほのぼのした気持ちにしてくれるもののが和み系にあたるらしい。
 これとよく似た概念に鰯系というのもあるらしく、こっちは和み系をさらに掘り下げたもので、傷ついた精神を治癒せんとして、南の島でぼんやり過そうだの、香を焚こうだの、鯨を見に行こうだの、海豚に乗ろうだの、これを聞くに至って私は、城みちるかお前らは、ぼけなす、滓、あんだらあんだらあんだら、と思わず悪態を吐いてしまった。更に恐るべきことには、こういうちんたらちんたらした年寄り臭い趣味嗜好をもてはやしているのが、比較的若い世代だというのだ。ふざけるな、何が鯨を見に行こう、だ。喰え喰え。見る前に喰え。何が鰯系だ。鰯も喰え。がじがじ。
 と、従前の私ならば憤慨しておったところであるが、いや待てよ、アイヤ待たれい、と思い直した。私とていつまでも若いわけではない。世情に反撥するのは若者の特権であり、そろそろそういうことをやっていると頑固爺と言われかねない年齢に差し掛かっている。ハイハイでは私も物分かりのいいお爺ちゃんになりませうかねえ、と考え、その和み系やら鰯系というやつを実践してみることにした。
 されど、そういう方面にはこれまでいささか弱かったゆえ、如何にして鰯系になるべきにや、さっぱり見当がつかない。思案投げ首の末、音楽から始めてみようと思い付いた。ギターを手に取って、ぼろろんとコードを弾く。Fメジャーセブンスである。お、これは。どことなく鰯系ミュージックの香りが漂っている。いいではないか。これだよ、鰯。調子に乗った私はそこから適当なコード進行を考えながら鼻歌をふんふんと歌ってみた。
 いかんかった。駄目であった。ふと我に帰ると、私はいつの間にやらガットギターからエレキギターに持ちかえて、ディストーションをばりばりに効かせながら、鰯鰯、いわいわ鰯。信心信心お助けよ。頭たまたまガッタガッタ、そういう埒もない歌を埒もないスリーコードに乗せて叫んでいたのであった。いわいわ鰯。いかん。酷い歌である。鰯どころか、聴くものの神経を逆撫でしてしまう。
 ギターをうち捨てた私は、次なる和み系鰯系への模索を開始した。人はどのようなものを見て、和みや鰯を感じるのであろうか。先ほどのいわいわ鰯はいかんのだ。あのようにぎざぎざに尖ったものではいかんわけである。もっとまろやかで丸いものでないと駄目だ。
 そうか、と私は膝を叩いて立ちあがった。玉子だ。その手があったか。丸いは玉子。玉子は丸い。人は丸いものに安心感を感じるはずなのである。さっそく冷蔵庫から生卵を取りいだした私は、それを手にとって眺めてみた。これで私も鰯系に仲間入りだ。
 ところがいくら玉子を見つめても、ちっとも心が穏やかにならんのである。見ているだけという受動的行為ではいかんのかと思い、自発的能動的積極的な行動に出てみた。
「ああ。玉子だ。丸いなあ。可愛いなあ。落ち着くなあ」
 声に出してそう呟いてみたのである。
「丸いでしゅねえ。可愛いでしゅねえ。玉子ちゃんでしゅー」
 赤ちゃん言葉にもしてみる。だがどういうわけか一向に平穏な気持ちにならない。むしろだんだん気が滅入ってくる。私はいったい何をやっているのだろう。だがここで負けてはいけない。ふんばりどころである。
 ふむ、と私は唸り、サインペンを取り出した。玉子に可愛さや安らぎを感じることができぬのは、それがあまりに無生物的だからである。もっと感情移入しやすいように創意工夫を施せばよい。きゅっきゅう、きゅっきゅう、とサインペンを走らせて玉子に顔を描いてみることにしたのだ。まさに玉子に目鼻。
 私は重大な事実を失念していた。自分は絵が下手であるということを忘却していたのである。きゅっきゅっきゅーと調子良く描いた筈の線は、ちまちました曲面にペンを走らせたゆえ、ゆらゆらと揺れ、不安定で不確実なものとなり、ようよう完成した玉子に目鼻を見て私は、ぎゃっと叫んでのけぞってしまった。玉子は、あたかも亡霊のような恐ろしい顔になっていたのである。眉毛などはヘの字に垂れ下がり、情けないような恨めしいような目つきである。更に悪いことに、のけぞったはずみで私はその亡霊エッグをうっかり取り落としてしまったのである。
「ひい」
 ぱっくり真ん中から割れた亡霊顔の玉子からはどろりと内容物がはみ出している。
 私は叫んだ。
「さ、貞子じゃ」
 癒されたい。


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2000/07/07
文責:keith中村
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