第326回 軒ビーム


 現在使っているコンピュータは、はじめのころからどうも調子が悪く、一年おきに電源装置が故障するので、その度に電源だけ取り替えてきたが、先日もまた内部ヒューズがぶっとんで壊れてしまい、原因は明らかで本体の拡張ベイというところにMOやらCD−Rやら追加のハードディスクやらをぶちこめるだけぶちこんでいるから電源容量が不足しているのであるが、とにかく電源装置を買ってきて修理はしたものの、そのうちまた具合が悪くなるのは確実であり、このままではいかんというのでここはひとつ新しいコンピュータを作ろうと思い立った。日頃はのらりくらりしているのだが、こういうことだけは早い。さっそく部品を買ってきて一台作り上げた。アスロンというCPUで七百メガヘルツのやつだ。現在のマシンはペンティアムの二百メガヘルツというやつで、アスロンはこれよりはかなりいいものなのだろう。よくは判らない。処理が速くなるという噂もあるが、これは疑わしい。仕事場でも最近かなりいいコンピュータを導入したが、それで以前より仕事が捗るようになったわけでもない。思うに、処理を速くしたいならCPUがどうのとかメモリがこうのという以前に、作業にあたる人間を取り替えるのがいちばんではなかろうか。
 ところで、新しく作ったコンピュータにはLinuxを抛りこんだ。ウィンドウズ系OSの不安定さにはそろそろうんざりしていたし、ここ最近はウィンドウ・マネージャやらXアプリケーションがかなり充実しているので、私の用途ではそちらへ移行してもまったく不自由ないと確信したからだ。で、せっかくだから製品版のLinuxを買ってきた。インターネット上に公開されているものや雑誌の附録についているパッケージでも充分実用になるのだが、製品版になると有償のアプリケーションなんかもいろいろ添付されているので、何かと便利だと思ったのだ。
 附属するアプリケーションの中に、日英双方向の機械翻訳を可能にするものがあった。英和辞典和英辞典の類ではなく、文章を自動翻訳してくれるものだ。「私は少年です」と入力すると「I am a boy.」とたちどころに返してくる。「それは鯖読みすぎだ」と返してくるともっとすごいのだが、コンピュータがそこまで進化するにはもう少しかかるだろう。それでもかなり複雑な文章もそれなりに的確に翻訳してくれる。たとえばこの段落の最初の文は、「In attached application, there was the thing which made machine translation of Japanese and English bidirection possible.」と訳される。単語単位の直訳をして誤訳になっている部分もあるが、かなりいい線だと思う。インターネット上の英文ドキュメントの内容をざっと把握したいときなど、これはかなり重宝しそうだ。
 この翻訳ツールを使っているうち、私は少々意地の悪いことを思いついた。このツールに「伝言ゲーム」をやらせてみたらどうだろう、と考えたのだ。つまり、本来これは「日本語を入力」→「英語に翻訳」あるいは「英語を入力」→「日本語に翻訳」という使い方をするものなのだが、これで出力された結果を再帰的に翻訳させてみるのだ。
 さっそく数行の日本文を入力して、まず英語へ翻訳させる。結果は次のとおりだ。

We are burnt on an iron plate every day every day and become unpleasant.
I quarrelled with an uncle of a shop in one the morning and escaped in the sea.
Base of the sea which I swam for the first time, a handle are comfortable.
Though bean jam of a stomach is heavy, a heart bounds because the sea is large.
Pink coral wagged a hand and watched my swim.

 サンプルに使ったのはある有名な歌だが、かなりの精度で翻訳されているのがわかる。四行目に出てくる「餡子」という単語までもちゃんと訳されているのはかなりのものである。三行目の後半に「ハンドル」という単語が見える。何故こんな訳になるか不思議だったが、しばらく考えるうち、どうやらコンピュータが勝手に「把手も気持ちがいいもんだ」と解釈したらしいと思いあたった。いきなり誤訳まじりのスタートである。
 さて、ここまでは当たり前の使い方だが、問題はいよいよこれからだ。この英文を入力欄に貼りつけて再び変換ボタンを押す。間もなく結果が表示された。

 我々は、毎日毎日鉄の陽極プレートで燃やされて、不快になります。
 私は、朝1での店の叔父と争って、海で逃げました。
 私が初めて泳いだ海の基底、ハンドルは快適です。
 胃の豆ジャムが重いけれども、海が大きいので、心ははずみます。
 ピンクの珊瑚は、手を振って、私の泳ぎを見ました。

 先ほど「every day every day」と直訳されてしまったところが不安だったが、再度直訳することできちんと原文に戻ってきた。だが「鉄板」という単語がいきなりものすごいことになってしまった。
「鉄の陽極プレート」
 陽極というのをどこから引っ張りだしてきたのか理解に苦しむが、どうやら plate には「陽極」の意味があるようだ。「ハンドル」は、これはこれで何か乗り物を操縦しているような訳になっていて、それなりに通じる。登録されている辞書の加減だろう、「餡子」は不可逆だったようだが、それでも四五行目はほとんど完璧に原意に戻っている。
 さらに、これをこのまま入力側へ返して英訳する。

We are burnt with a positive pole plate of iron every day every day and become unpleasant.
I competed against an uncle of a shop with 1 in the morning and escaped in the sea.
As for the base of the sea which I swam for the first time, the steering wheel, comfortable. Though pea jam of a stomach is heavy, a heart bounds because the sea is big.
Coral of pink wagged a hand and watched my swim.

 その後、和訳する。

 我々は、毎日毎日鉄のポジティブな軒桁で火傷して、不快になります。
 私は、朝の1による店の叔父に対して競争して、海で逃げました。
 私が快適な最初(ステアリングホイール)のために、泳いで横断した海の基底に関しては。
 胃のエンドウ・ジャムが重いけれども、海が大きいので、心ははずみます。
 ピンクの珊瑚は、手を振って、私の泳ぎを見ました。

 和英和英和と来たわけだが、かなりぐらついてきた。「鉄板」は「鉄のポジティブな軒桁」になってしまった。「ハンドル」は「ステアリングホイール」に変わり、なぜか括弧書きになっている。
 伝言ゲームを続けよう。

We burn ourselves with the eaves beam which is a positive iron every day every day and become unpleasant.
I competed for an uncle of a shop by 1 of the morning and escaped in the sea.
On base of the sea which I swam for the comfortable first (a steering wheel) and crossed.
Though pea jam of a stomach is heavy, a heart bounds because the sea is big.
Coral of pink wagged a hand and watched my swim.

 日本語へ。

 我々は毎日毎日鉄の正である軒ビームをもつ火傷して、不快になります。
 私は、朝のうちの1つによる店の叔父を争って、海で逃げました。
 私が快適な第一(ステアリングホイール)のために、泳いで横断して、交差させた海のベースの上の。
 胃のエンドウ・ジャムが重いけれども、海が大きいので、心ははずみます。
 ピンクの珊瑚は、手を振って、私の泳ぎを見ました。

 ちょっとかなりなことになってきた。目を惹くのが一行目だ。
「軒ビーム」
 何だろう、これ。
「鉄の正である軒ビーム」
 たしかにそんなものを持てば火傷しそうではある。不快そうでもある。
 三四行目はこの時点で英語と日本語が完全に対応してしまい、この後まったく同じ訳を繰り返すことになるので、今後は省略する。
 また、英訳和訳を重ねてみよう。

As for us, entrails burns the eaves beam that is 正 of iron every day every day and becomes unpleasant.
I competed for an uncle of a shop by 1 of a house of the morning and escaped in the sea.
Of the top of base of the sea which let I swam for comfortable number one (a steering wheel) and intersect transversely.
 我々に関しては、内臓は毎日毎日鉄の正であって、不快になる軒ビームを燃やします。
 私は、朝の家のうちの1つによる店の叔父を争って、海で逃げました。
 貸される海の基底のトップの、私は快適なナンバー1(ステアリングホイール)のために泳いで、横に相交わります。

 英文にある「正」というのは訳しきれなかったので、そのまま原文から持ってきたらしい。
 先ほど軒ビームで火傷していたと思ったら、今度は反撃に出た模様だ。軒ビームを燃やして店のおじさんに対抗している。
 英訳和訳を重ねると、今度は次のようになった。

 我々の上で、最初の日常生活日常生活鉄の内臓は、不快になっている軒ビームを会って、燃やします。
 私は、朝の家の家のうちの1つによる店の叔父を争って、海で逃げました。
 貸された海の基底のトップの私は快適なNo.1(ステアリングホイール)のために泳ぎます、そして、アスペクトは横に交差します。

 固定されていたはずの「毎日毎日」がここに至って揺らぎはじめた。
 二行目は、ほぼ固定されているが、「うちの」が訳を重ねるたびに「家の」となるので、今後は吃ってしまう。
 三行目はもはや何が何だかわからない。考えようによっては、宮澤賢治の「春と修羅」のような雰囲気がないこともない。
 この後、二三行目は大体固定されてきたので、一行目だけに絞る。

 私は、寿命日常生活寿命鉄の内臓が毎日不快になる最初の軒ビームを会って、我々の上で、燃やします。

「毎日」から「日常生活」になったかと思えば、今度は「寿命」が出てきた。
 このあと、更に五回伝言を繰り返してみたら、次のようになった。

 私は会います、そして、寿命日常生活寿命寿命寿命寿命寿命鉄の内臓は毎日私の上で我々の上で私の上で不快になっている最初の軒ビームを燃やします。

 ちょっと精神に異常を来している人の喋り方みたいだ。内容もそうだが。
 それにしても何だろうな、軒ビーム。


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2000/06/19
文責:keith中村
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