第323回 業務の法則


 引越しに際して真空掃除機を新しく買った。通常の民生用ではなくて、業務用の大きなやつである。車輪の付いたワックス罐めいた丸胴からホースが生えていて、無闇と武骨だ。どうしてだか知らぬが家の者がそれを所望し、私も家事のことがよく判らぬゆえそれに従ったのである。
 この真空掃除機はさすがにでかいだけあって、まことに馬力がある。絨毯に落ちた毛髪や糸屑などは、絡まるからか静電気のためかは判らないが、民生用真空掃除機ではなかなか吸い込めぬものだが、こいつなら文字通り微塵も残さずぶがぶがと吸引できる。だが、不便なこともあって、まず民生用真空掃除機にきっと付いている電源コードをちゅるちゅる巻き取って格納する機能がない。それに、強弱なり強中弱なりという吸引力切り替えスイッチもなく、まあ業務用とはそういうものか、これはこれである種の潔さだの質実剛健さだのを感じ取ることもできる。だが、何より辟易するのは運転音の大きさである。どれくらい大きいかというと、これがとてもでかい。なにしろでかい。まさに耳を聾せんばかりの大音声なのである。
「ぶぼう」
「ぎゅがが」
「しゅばば」
 なかなかうまく書き表せないが、とにかくそういったところの筆舌に尽くしがたい爆音を発する。
 私はこの真空掃除機を通じて業務用ということにやや意識的になってみた。思えばこれまで業務用ということについて考えたことはなかった。
 この掃除機を考えると、業務用というものの特徴のいくつかは見えてくる。

 1.民生用より大型であること。
 2.民生用より簡素な作りになっていること。
 3.民生用より頑丈な作りになっていること。
 4.民生用より大きな音を発すること。

 もちろんこれが業務用機器のもつ特徴のすべてではない。たとえばある種の業務用機器は民生用よりも精確であったり、民生用よりも多くの処理を一度にこなしたりする。
 だが、掃除機の保有するこれらの点を踏まえるだけでも、他のさまざまな業務用機器について考察することができる。
 たとえば業務用洗濯機というのは、民生用よりも多量の洗濯物を一度に処理することができるわけで、そのためより大型でより頑丈になっている。また、運転音もそれなりに大きいだろう。そして、民生用にあるような「洗濯物の量に応じ最適な水量をマイコンが自動調整」なんていう小賢しい機能は備わっておらず、とにかく勢いよくざぶざぶと洗濯するはずなのだ。
 では、こういうのはどうだろう。
「業務用マヨネーズ」
 ご存じない方は私が嘘をついていると考えるだろうが、業務用マヨネーズというのは実在する。これは食堂や仕出し弁当屋などで使用されるもので、我々の食卓にあるマヨネーズよりは余程大きなチューブに入っている。我々は日頃サラダにマヨネーズをかけて食したりするが、うっかり間違って食卓にこの業務用マヨネーズを持ち込んだりすると、ついついたくさんのマヨネーズを絞り出してしまい、「マヨネーズにサラダをかけて食している」ような状態になるので気をつけなければならない。
 こういうのもある。
「業務用かつら」
 ご存じない方は私が嘘をついていると考えるだろうが、やはりこれも実在する。これは民生用のかつらよりもかなり大きいもので、うっかり間違って装着するとたちまちジャクソン・ファイブかシュープリームス時代のダイアナ・ロスみたいになってしまうので気をつけなければならない。また、我々が日頃装着するかつらは、さまざまな工夫で頭部にぴったり密着するよう設計されているが、これはもっと簡素だ。どういう仕組みかというと、両側に黒い輪ゴムがついており、これを耳たぶにひっかけて利用するようになっているのだ。これはこれである種の潔さや質実剛健さを感じ取ることもできる。だが、これもやはり業務用であるから民生用よりもかなり大きな音を発する。
「づらづら。づらづら」
 なかなかうまく書き表せないが、とにかくそういったところの筆舌に尽くしがたい怪音を発する。
 あるいは、
「業務用お爺さん」
 というのもある。
 私が嘘をついているように思えてしようがない人もいるだろうが、実在するんだから仕方がない。
 これはかなり簡素な作りになっている。民生用お爺さんだと、「用もないのに病院へ日参する」「寝たきりになっている」「入院している」「意識混濁」などさまざまなモードがあってマニュアルを読まないと使いこなせなかったりするが、業務用は違う。「生きている」「死んでいる」のふたつだけなのだ。また、民生用お爺さんだと万が一洟水が垂れても、ちゅるちゅる吸い取って格納する機能があったりするが、業務用にはそういった小賢しい機能もない。
「垂れたら、垂れたまま」
 なんとも潔い。
 さらに、このお爺さんは業務用につきものの大きな音も発する。
「正子さんや、お昼はまだですか」
「わしを飢え死にさせる気ですか」
 なかなかうまく聞きとれないが、そんな音が出る。
 そして、業務用お爺さんは大きい。
 二メートルくらいはある。垂れた洟水だけで。
 注意が必要だ。 


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2000/05/19
文責:keith中村
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