第319回 車輪の上


 前回の文章について、少々ご意見を賜ったので紹介しておく。
 まず、形容詞終止形+「です」という形がそれなりに認められてきたのは昭和十年代くらいからで、それ以前は由緒のないものとされていたと教えてくださった村上さん。この方は、「ない」と終わる言葉の叮嚀な言い回しが育たなかったのは、そもそも日本では叮嚀に話すべき目上の人に対しては「ない」などと否定的な言葉が御法度だったからではないかとも洞察なさっている。なるほど。これは炯眼である。
 更には、「面白かったです」と「面白いでした」はどちらのほうがましか、という疑問も呈されている。おそらく「面白かったです」に違和感を覚えない人でも「面白いでした」のほうは不自然に感じることだろう。どちらも舌足らずな言い回しであることは確かだが、まだ認知されているのは「面白かったです」の方だ。敬体の「です/でした」を取り外しても時制が正しく伝わるのは「面白かったです」の方であり、ということはこれは「です」という敬体の助動詞がなくても通用する言い回しということになり、つまりは「です」は単なる付け足しに過ぎないとも言えるわけで、やはり「面白うございました」という形と比べると安易にあるいはお義理で叮嚀にしているだけなのではないか、とも思える。
 つらつら考えていると、「面白いぞ」という形は「面白いです」と似ているのにそれほど違和感を覚えないことを発見した。昔むかし、「ぞ」は名詞の後ろにしか置けなかった筈だが、このような形容詞終止形+「ぞ」は現代語では文法的にも正しくさかんに使われる。もちろん「です」は助動詞で、「ぞ」は終助詞なので文法的にはまったく別物である。だが、現代語としての使われ方はよく似ている。ではどうして「ぞ」の方は自然なのだろう。
「ぞ」は素性法師の「都ぞ春の錦なりける」という奴にあるように、最後が連体形となる係り結びの助詞でもあり、もともとはこの例のように必ず名詞+「ぞ」の形で使ったものだという。さらには、これは本来「何何ぞ」という形が倒置を起こしたものだとも聞く。つまり素性の例で考えると「春の錦なりける都ぞ」の倒置だと捉えることができるというのだ。「なりける都」が倒置された形なので、文末は当然連体形になるのだ。さて、ここで記憶しておいていただきたいのは「ぞ」の前には名詞がくるということ。
 ところで、現代語において形容詞は「面白い/面白い本」と、終止形と連体形が同じ活用になる。また、連体形は「連歌しける法師の、行願寺の辺にありけるが聞きて」(徒然草八十九段)のように「ありける[者・人]」から体言が落ちたあとも名詞として使える。連体形の名詞的用法だ。
 ということは、「面白いぞ」の「面白い」を終止形ではなく「面白い本」と同じに連体形と看做すと、連体形の名詞的用法+「ぞ」ということになりまったく自然な使い方と言えるわけだ。古語なら「面白きぞ」と文句なしに正しい形となる。
 ややこしいことをだらだら書いたが、とにかく「面白いぞ」「面白いよ」「面白いか」「面白いね」などの終助詞は正しい用法なのである。そして、「です」を終止形の「です」として使うとき、我々はそれが助動詞であるなどといちいち意識しない。もちろん、「でした」とか「でして」とか活用するから用言であるのは間違いないのだが、終止形で文末におかれる「です」のみに限定して考えると「です」と終助詞「ぞ・よ・か・ね」などとの境界線は限りなく薄い。だから、「面白いよ」などと同列に「面白いです」という言い方が普及したのだろう。私だって、「面白いです」が舌足らずな言い回しだと指摘しているものの、これは教育によって得た知識であり、洟垂れの舌足らずな子供時分にはやはり「面白いです」などと言っていたわけだ。
 あれれ。「面白いです」に異論を唱えていたはずが、いつの間にか擁護する文章に近づいてしまった。いずれにせよ、だらだら書いたのは素人考えであり、専門の人にうかがえばもっと正確なところがわかるだろうに、中途半端で申し訳ない。ほんとは私、大学では国語科専攻だったので、やや専門の人になれたはずだが、なにぶん授業に出ずに中退してしまったものだから如何ともしがたいのであった。
 もう一通、池波正太郎からの受け売りと断った上で、『「とんでもない」を丁寧にいうと、「とんでもないことでございます」というのが正しいらしいです』と教えてくださったしゅうさん。なるほど、それが正しいらしいのでございますね。このように「こと」やら「の」やらという体言的属性を持った語を使わないと正しく言えないというのもやはり現代日本語が未成熟なせいだろうか。
 しまった。前回の補足のつもりで書きはじめたら随分長くなってしまったじゃないか。
 これじゃ本題に入れない。今日はせっかく四月馬鹿の日であるから法螺話でも書こうかと思ったのに妙にまともな文章になってしまった。さて実は私、本日結婚するのだが、ええい、以下次回を読まれたし。


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2000/04/01
文責:keith中村
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