「今どの辺なん」
「ええと、もうすぐ吹田ジャンクションやな」
「そこで分岐してるんやね」
「そうそう。そこで名神高速に乗らなあかんねん」
「しっかりナビしてね」
「おっけおっけ。任せとけて。吹田にすいたら言うから」
「何」
「いや、だから吹田にすいたら言うから、て。がははは」
「何がおもろいいうねん」
「わ。わ。そういう恐い眼で睨むな。あ。わ。わ。前。前向け」
「ふん」
「お前なあ、時速百二十キロでよそ見してたらあかんで」
「よそ見させるようなこと言うたんは誰やのよ」
「いや。その。は。ははは」
「あんた。今から駄洒落禁止な」
「えっ。何やて。そんなこと言うのは誰じゃ」
「……」
「わ。わ。判った。判ったから前向け。前向けいうとるねん」
「次言うたら路肩に抛りだして行くからね」
「わかった。かしこまりました」
「運転してるわたしの身にもなってよね、ほんま」
「はい。感謝してます」
「ほら。そこ吹田何とかいうて書いてあるけど、あれと違うの」
「ええと。ちょっと待って。地図で確認する」
「ええのん。過ぎてしまうよ」
「ええと、ええと」
「過ぎたよ」
「ええと。あ、おっけい。まだ先みたいや」
「ほんまかな」
「ほんまほんま。大船に乗ったつもりで任せときなさい。地図のことならお任せ」
「なんや心配やなあ」
「大丈夫やって。現代の伊能忠敬と呼んでくれ」
「何やそれ」
「わはは。まあせっかく二人きりなんやから楽しく行こう」
「気楽なんやから。……観覧車見えるね」
「うん。……ええと」
「あの変なのは何やろ。あ、あれが太陽の塔か」
「……うん。ええと。げ」
「げ、て何よ。あんた、何で必死に地図見てるのん」
「……あのな、おまえ太陽の塔についてどんなこと知ってる」
「どんな、て。岡本太郎さんが作りはったんやろ」
「うん。他には」
「知らんわよ。わたし、万博の頃まだ生まれてなかったんやもん」
「いや、そうやなくてな。知らんようやからおっちゃんが教えてあげよう」
「何よ」
「太陽の塔はやな、中国自動車道の脇にあるねん」
「ふむ。そんで、何よ」
「ゆえに、やな。名神からは見えへんねん」
「何よ」
「つまりやな。その。平たく言うと、……さっきの奴がやっぱり吹田ジャンクションやったみたいやねん」
「何っ」
「ひ、ひい。あ、こら。前向け」
「命令するんか」
「いえ。その。前向いてください。前方を御覧になってください」
「わたしたち、乗り換えそこなったんやね」
「その模様」
「あんたのせいでしょ。ちゃんとナビして言うたやん。どういうことよ、一体」
「やかましいなあ。だいたいお前ナビて何やねん。それも言うならナヴィやろ。ほれ、こう下唇を噛んで。ナヴィ。ナヴィ。ほら、トゥゲザー」
「この口か。こら。この口か」
「いたい痛い。あ。あ。あ。こら手を離すな。ハンドル。ハンドル」
「まったくもう。地図ひとつろくによう見られへん人間の癖に。何が伊能忠敬やの。このへぼナビ」
「何やと。人を馬鹿にしたらあかんで」
「せやかて道、間違えたやん」
「いや。あのな、お前。一口に地図いうても、いっぱい種類あるんや。メルカトル図法、モルワイデ図法に、正距離方位図法それからグード法。それらを十把ひとからげに地図などと呼んではいかんのよ」
「間違えたやん」
「いや、その。俺な、メルカトル図法なら得意やねん。メルカトルの鬼やねん」
「ほう。そしたら、あんたの見てるその地図は何図法やの」
「これか。これはお前、ええと。その」
「何よ」
「マップルやないか」
「ほんで」
「残念ながら俺、マップルだけは苦手やねん」
「この口か。おら。この口か」
「ひい。痛いいたい痛い。おい。ハンドル。前。前。ほら」
「ごのぐぢがー」