第314回 『激』をとばす


 柳田翁は「毎日の言葉」で「言葉も衣服や器物などと同じに、使っているうちにだんだんと古びてしまって、尊敬する人の前には出せなくなるものかと思われます」と書いている。たしかに、言葉というやつはすぐに手垢がついて劣化してしまうため、どんどん新しいものが必要となる。しかも近年ではただ新しいだけでは駄目で、前よりも優った印象をもった言葉が要求されるようになっているように思われる。言葉のインフレである。
 スパークというCPUがあって、あれはスーパー・スパークやらターボ・スパークやらハイパー・スパークやらウルトラ・スパークやらとどれもこれも華やかな接頭辞が付いているため、いったいどれがいちばん高性能なのかまことにややこしいけれど、言葉のインフレが困るのはこのように無分別により優位そうなものが発明されてしまう点である。
 インフレ接頭辞のうち、近年日本において特に若年層で多用されているのは言わずと知れた「超」である。「超」はもちろん「越える」だから本来は程度が抜きんでていたりかけ離れていたりする意味で使われるものであろうけれど、近ごろはそうではなく「程度が甚しい」という意味、すなわち「とても」に近い使われ方をされている。徹夜していて疲弊の極みになったときなど、ある時点から突然眠さが飛んでしまうことがある。眠くてしかたないはずがちっとも眠くない状態だ。「超ねむい」という言い方があって、それはこういうことを言うのかと思ったらそうではなくて、「無闇と眠い」くらいの強意であるのだ。これに馴れてしまうと、さかさまに以前からある「超」付き単語までが強意だと感じてしまうようになるので困る。「超自然現象」という言葉があって、もちろんこれは自然現象を越えた不自然な現象の意味だが、どうも「とても自然な現象」という意味に思ってしまいそうになる。
「腹がへって死にそうだ。カレーを喰わねば」
「トイレに行きたい。おしっこが漏れますよ」
 などというのを、「超自然現象」から連想してしまうのだ。
「超」ほどではないにせよ便利なインフレ語としてもてはやされているものに「激」がある。
 たとえば「激写」という造語があって(驚いたことに一発変換できた)、これはブレッソンの「決定的瞬間」がインフレを起こしたものと思えばよい。つまり、人びとがあっと驚くような情景が映しだされていること、またそれを写すことを表しているのだが、とは言えど、「激写」される内容は大抵の場合、
「男性芸能人の部屋から出てくる女子の芸能人の人」
「ちらりと見える女子の芸能人の人のパンツ」
 だったりするわけで、「激しく写す」というわりには何だかちまちましていて、しかもこそこそしている。これではブレッソンも草葉の陰で泣いていることだろう。
 あるいは、「激白」というのもある(こっちは変換できない)。汚れ落ちのよい洗剤の宣伝文句かと思ったらそうではなくて、告白独白白状などの仲間で、「言う」の強意らしい。といってもアジテーションみたいに「激しい口調で言う」ことではなく、「激しい内容のことを言う」ことなのだそうだ。
 こちらもやはり、
「結婚した芸能人の記者会見」
「離婚した芸能人の記者会見」
 など芸能人の行動に使われることが多いが、「激写」と違ってこっちはあまりちまちました内容には用いられないので、「激」の意味には適っていると言える。
「加賀まりこ、おいしいサラダの作り方を激白」
「京本政樹激白、ウルトラマンのコレクション自慢」
「市毛良枝、上手なごみの分別方法を激白」
 そんなちまちましたのはないのだ。
 他に「激辛カレー」「激安価格」というのもあるが、「激」は「超」よりも「とても」に近いので、意味を強めるには相応しいものである。
「激ばか」
「激エロおやじ」
「激はげ」
「激かつら」
 なかなかのものではないか。ちなみに「激かつら」というのは、
「明らかにかつらをつけているのがばれている状態、またその人」
 である。「激はげ」よりもこっちのほうが恥ずかしい。こそこそしているし。
 だが、だからといって何でもかんでも「激」をつければよいというものではない。
「激髭」
「激乳首」
「激わかめ」
「激じゃんけん」
 などはかなり間違っていると言わざるを得ない。
 最近使われる強意の接頭辞は他に「爆」というのもある。もっともこれは「泥のように眠る」という意味の「爆睡」(変換できてしまった)があるだけだ。辞書をひくと、「炸裂する」という本来の意味以外で「爆」が使われているのは「爆笑」くらいのもので、まあ「爆笑」だって「笑いがどかんと炸裂する」ということだから「爆」の字は似つかわしいのだが、それに対して「爆睡」は「眠りがどかんと炸裂する」わけもなく、むしろ睡眠というあまりに静的な行為にしては奇妙な言葉で、それでも不思議としっくり感じるのが面白いところだ。
 今のところ用例の少ない「爆」だが、「超」やら「激」に手垢がついて陳腐になってくると、もっと脚光を浴びるかもしれない。
 たとえばこんな調子だ。
「爆元気」
「爆駄目」
「爆ホームラン」
「爆かつら」
 ちなみに「爆かつら」というのは、
「かつらが炸裂している状態、またその人」である。
 風の強い日には見ることができる。


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2000/03/07
文責:keith中村
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