第31回 ど


 大阪弁では強調に「ど」を使用する。
「甘えたこと抜かしやがって。それがど素人の赤坂見附ちうんじゃ」
「ううわ。どえらいこっちゃがな。挿し歯飲み込んでしもたがな」
「頭」という語の前に「ど」が付くと「どあたま」だが、これは母音短縮が起こって「どたま」となる。
「おらおら。舐めとったら、承知せえへんぞ。どたまかち割ったろか」
「ど真ん中」という表現などは野球解説に使われることが多いので、すでに全国区だろう。
「弩級戦艦」という言葉があるが、この「弩」は宛て字であり、そもそもはイギリスで一九〇六年に建造された戦艦ドレッドノートの「ド」からきているという。このドレッドノートという戦艦は排水量一万七千九百トンというもので、当時としては非常に大型だったらしいが、一万七千九百トンと聞いてもちっともぴんとこないし、そもそも排水量というものがよく判らない。'dreadnaught'というのは多分「怖いものなし」というような意味だろうが、マーチンという高価いギターを売る会社がそれからしばらくして「ドレッドノート」というタイプのギターを売り出した。それまでのギターと比べて胴が大きかったのでこう命名されたようだが、現在では市販されているギターはたいていこの形を真似ている。
 そういえば「宇宙戦艦ヤマト」の巨大彗星帝国のエピソード、といっても判る人しか判らんが、には「超弩級巨大戦艦」なるものが登場したが、あれは記憶するところヤマトの数十倍は大きかったので、「超弩級」どころの騒ぎではなく、それゆえに今思えばおかしな表現である。
「どどいつ」なるものがある。といっても、「弩ドイツ」すなわち「大いなる第三帝国」という意味ではもちろんなく、江戸時代に都々逸坊扇歌という人が広めたという「都々逸」である。
 私のハードディスクの中には、十年来パソコン通信、ネットワークで拾い集めた、自分でも把握していない何やら訳の解らぬファイルがいっぱいつまっているのだが、今日ごそごそとファイルの整理をしていたら、何故か「都々逸150選」なるテキストを発見した。それで読んでみたのだが、これがなかなか面白い。

 年もゆかぬに さぞ痛かろう 初の旅路の わらじくい
 娘したがる その親たちは させてみたがる 繻子の帯

など、前半で何ごとかと思わせておいて後半で落とすという艶笑歌もあれば、

 わたしゃお前に 火事場のまとい ふられながらも 熱くなる
 主は二十一 わたしは十九 しじゅう仲良く 暮らしたい
 ぬしとわたしは 玉子の仲よ わたしゃ白味で きみを抱く

なんていう大喜利の謎解きのようなものもある。

 親の意見と ナスビの花は 千にひとつの あだもない

というのは、半ば諺のようになっているが、もとは都々逸であったのだな。

 好きと嫌いが 一緒に来れば ほうき立てたり 倒したり

 後半の意味がお解りだろうか。関西特に京都ではかつて「箒を立てる」というのは、疎ましい客に対して「早いとこ退散してくれ」という意味で使った合図なのである。それでも気づかぬ無神経な客には腕ずくで退散願った。これを「超箒的措置」という。いわない、いわない。
「ド」といえば西洋音階の最初の音であるが、「サウンド・オブ・ミュージック」には「ドレミの歌」という有名な挿入歌がある。先日電車に乗っていると、西洋人のおばちゃんが三人くらい乗ってきて、がやがやと英語で雑談していたのだが、出し抜けに「ドレミの歌」を合唱し始めた。
 'Doe - a deer, a female deer. Ray - a drop of golden sun...'
 外人さんは陽気であることよ。呆気にとられていると、'That will bring us back to do-o-o-o'とやって三回もリピートしたあと、今度は何故か「薔薇が咲いた」を歌い始めた。
「バウラがサイタア、バウラがサイタア、真っ赤なバウラアがあ」
 なるほど、ら、が巻き舌であるなあ、などと思っていると、後半、
「さあみしくわったあ、ふうにゃにゃ、ほおにゃあ、うにゃららなーあったー」
と続けていた。
 西洋人だって、うろ覚えのときは「ふにゃらほにゃら」と歌うものだなあ、と妙な感銘を受けた。


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1997/12/02
文責:keith中村
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