第301回 虫


 テレビの正月番組のなかには、スポーツ選手や何かを引っ張りだしてきて芸をさせるものがある。漫然とそういう番組を見ていたら、バレーボール選手の女子の人が出てきた。私はスポーツには暗いので選手の名はわからないのだが、その選手を紹介するときに司会の芸能人がこう言った。
「彼女はバレーボールの虫です」
 私はこれを聞いて、ちょっとすごいと感じた。
 だが、何がちょっとすごいのか自分でもよくわかない。そこで考察してみた。
「何何の虫」というのは、ものごとに熱中している人を表す。恐らくもとになっているのは読書家を指す「本の虫」であろうし、さらに辿ればこれは紙魚を表す英語の bookworm の訳である。ここから発展して、英語では熱狂的な人をバグとかバグズとか呼ぶし、日本語でもやはり「何何の虫」と言う。
 だから、「バレーボールの虫」というのは別段おかしな言い方ではないのかもしれないが、それでも私には何となくしっくり来ないのであった。
 私の感覚で違和感を生じないのは、次のような用例である。
「本の虫」
「漫画の虫」
「映画の虫」
「勉強の虫」
 これらに共通しているのは、インドアーであるということだ。家の中に引き籠って何やらちまちましたことにのめり込んでいる状態、じめじめと薄暗あい状態、そういったインドアーなものに対しては「何何の虫」という表現がぴったりあてはまる。これは語源であるところの紙魚の印象に引っ張られるからであろう。
 しかるに、「バレーボールの虫」はどうだろう。バレーボールである。英語で言うと、ヴァリボーである。サーブ、レシーブである。バレーボールは非常に活動的である。バレーボール選手は背が高い。半鐘泥棒なのである。だけど涙が出ちゃう、女子の人だもん。それでもくじけずワンツーワンツー、アタックなのである。あるいは、ブイアイシーティーオアールワーイ、サインはVなのである。立木大和なのである。あまり書くと歳がばれる。いずれにせよ、私が言いたいのは、バレーボールはアウトドアーだということである。アウトドアーのものに「虫」というインドアーな言い方は似つかわしくない。これが違和感の原因だったのである。
 辞書によると英語では a baseball bug のように、アウトドアーにも使えるようである。もっともこの場合は「熱狂的な野球ファン」という意味で、選手を表すものではないようだ。まあいずれにせよ、日本語では「虫」の用法が英語よりも限定されるのは確かだろう。
 アウトドアーのものにはむしろ「鬼」という少々禍々しい言葉のほうが、しっくり来るように思う。
「バレーボールの鬼」
「野球の鬼」
「サッカーの鬼」
 鬼気迫るほどの勢いが感じられて、名選手に相応しい代名詞となる。だが、同じスポーツでも、卓球だけは、
「卓球の虫」
 の方が似合うように感じるのは不思議なところである。
 しかし、「鬼」も、
「玉入れの鬼」
「だるま転がしの鬼」
「むかで競争の鬼」
「オクラホマ・ミクサーの鬼」
 などと、運動会の種目に使うとちょっとどうかと思うようなことになってしまうから注意が必要だ。
「綱引きの鬼」は、英語なら駄洒落になる。タッグ・オブ・ウォーだ。
 また、
「セパタクローの鬼」
 なら、何となく許せるが、
「吉田拓郎の鬼」
 となると、結構困惑してしまう。
 あるいは、
「かくれんぼの鬼」
「鬼ごっこの鬼」
 となると、これはもう、単にじゃんけんが弱いだけである。
「バンジージャンプの虫」
「サーキットの虫」
「武者修行の虫」
「セックスの虫」
「宴会芸の鬼」
「百人一首の鬼」
「ダブルクリックの鬼」
「ヨーデルの鬼」
 どれもこれもろくなものではない。くれぐれもそんなものにはならぬよう心掛けたい。


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2000/01/05
文責:keith中村
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