第30回 うるおい


 怪し気な勧誘の電話がある。どこで調べてくるのか、いきなり不躾な電話を寄越しては、株を買えだの金の延べ棒を買えだの懸賞に当たっただの宗教に入れだのということを言う。
 かつては、「ああ、今ちょっと忙しいんで」などといって問答無用に切っていた私だが、よくよく考えれば敵も人間だ。敵だって何も好き好んで勧誘をやっているわけではあるまい。日々のパンを得るために仕方なしにやっていることだろう。まあどっちにせよ、こういった勧誘は断るのだが、それにしてもいきなりがちゃんと切るのも愛想がない。もし敵が変な奴でストーキングされたり剃刀を送られたりしてもあれだ。やはりもっとうるおいのある切り方、断り方がよろしい。そんなわけで、あれこれ考えてみた。
「もしもし。キースさんのお宅でしょうか」
「はい」
「キースさん、ご本人でしょうか」
「そうですが」
「どうも、はじめまして、こんにちは」
 大抵の場合、きゃつらはここで間をとる。「こんにちは」との返答を待っているのだ。
「ああ。こんにちは」
「実は、わたくし、○○エンタープライズ、の石川と、申します。どうも始めまして」
「……」
「……」
「……」
「……」
「始めまして」(くそ。沈黙に負けた)
「実は、このたび、キースさんに、とーっても、耳寄りな、情報を、お届けしたくて、お電話、させて、いただきました」
 単語をいちいち切って明瞭に発音するのもこういった連中の特徴である。
 以前はこのあたりで、「あっ、すいません。今忙しいもんで」と言い捨ててがちゃんとやっていたのだが、うるおいを目指す現在の私はもうそんなことはしない。
 適当に相槌を打ちながらしばらく相手に喋らせておく。そうやって頃合いを見計らい、机を「どんどんどん」と叩く。「はあい。どなたですか」受話器を持ったまま言う。
 電話の相手は、来客だと思い、言葉を切る。
「あっ、な、な、何だ、君たちは。土足で人んちに。あっ。な、な、なんだその手に持っているものは」
 どたどたと音を立てる。
「おい、こら。いてて。わっ。た、助けてくれ。あれえ」
 最後の「あれえ」では受話器を遠ざけてフェードアウトの効果を出すのがポイントである。そして、三つ数えてからフックを下げて電話を切る。
 それから私はひとりで反省会を開くのであった。どうだろう。今の対応にうるおいはあったろうか。なんかちょっとうるおいとは違う気もする。俺の求めるうるおいとは決してこれだけのものではない筈だ。だいいち、これでは相手の反応が解らないから面白くないではないか。そのあたり、くれぐれも反省の上、次回につなげるように。以上。
 そして私は次回の電話勧誘に向けて、またあれこれとうるおいについて思いを巡らせるのであった。
「もしもし」
「はい」
「キースさんのお宅でしょうか」
「ええっ」
「……。あのう。キースさん、の、お宅でしょうか」
「い、いかにも私がキースですが。ど、どうして私がおたくだってわかったんですか」
「……」
「ねえ。教えてください。どうしてどうして。今まで隠していたのに」
 あらら。切れてしまった。
 もうちょっと喋らせてくれたら、「綾波レイ」とか「使徒」とか「補完計画」とか、本家のそういう人々からこの日のために教えてもらった専門用語を使えたのに。
「もしもし」
「はい」
「キースさんのお宅でしょうか」
「はい、そうでございます」
「あの、キースさんご本人でしょうか」
「いえ。違います」
「ご本人さんはご在宅でしょうか」
「どういったご用向きでしょうか。私、キースの秘書でございます」
「は」
「ですから、秘書でございます。ご用件をお伝えくだされば、キースにお取り次ぎいたします」
「あの……」
 わはは。おろおろしている。
「どんなご用件でございましょう」
「じ、実はですね。わたくし、○○クリエイトの金沢と申します」
「ああ。これはこれは。始めまして」
「……始めまして。実は、このたびキースさんが、我が社が無作為に抽出した数百名の方の中から見事当選されました。おめでとうございます」
 おお。戸惑いながらもちゃんとマニュアル通りに喋っているぞ、こいつ。
「何に当選したのでしょうか」
「当社の主催する沖縄ビーチリゾート一週間の旅、二名様無料ご招待のチケットです」
「ほう。それはそれは。しかし、キースも職業柄忙しい身。はて、どうすることやら」
「……。あの。キースさんのご職業はなんでしょうか」
「名探偵です」
「は」
「名探偵です。ご存じないでしょうか」
「……はい」
「なんと。ご存じない。そうですか。それはそれは。名探偵キースがこれまでに解決した事件は数え上げれば両手では足りないくらいなんですぞ。鬼のヤスと言われた警視庁の安川警部でさえ解決できなかった難事件をいともたやくす解決したことだってあります。そうだ、あなたに『ポケモン連続殺人事件』の顛末をお話いたしましょう。聞きたいでしょう」
「……いや」ちょっと、あの、それではまた。などと言って相手は電話を切ってしまう。
 今のはなかなかうるおいがあってよかったのではないか。相手の反応だって楽しめたし。
 さて、もっとネタをくっておこう。ああ、早く次の勧誘電話こないかなあ。


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1997/11/30
文責:keith中村
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