第3回 会話の糸口


 人の間と書いて人間である。そう。人は人と人との間にあって初めて人たれる存在なのである。そして人と人とを繋ぐ絆の根幹には対話が横たわっている。そう。それゆえに我々は、いかなる人とも円滑に意志疎通できるよう、もっと対話について鋭敏かつ意識的になるべきなのである。いかにして話の糸口をつまむかを真摯に考えるべきなのである。
 とはいえ、人が日頃所属している集団はいったいにそれほど大きなものではない。規模の違いはあれどそれは閉ざされた社会なのである。まあ、それゆえ「日常」なのである。だが、いったい人はそのぬるま湯の日常に浸り、安寧平穏たる泰平の惰眠を貪っていてよいものだろうか。
 否。否。否。千遍否。
 国際社会と呼ばれる現代、我々はいつ何時この村落的共同体の埒外の人間と対峙せねばならぬとも限らぬではないか。我々は我々の所属するこの共同体以外の社会についてもっともっと知る努力をせねばならぬ、せねばならぬのである。
 などといきなり大上段に構えてしまったが、これは実のところ実践するになかなか難しい問題である。
 こんな情況を想定しよう。
 ファミリーレストランに行ったとする。ご存じのようにファミリーレストランというところは年がら年中「何々料理フェア」てなことをやっている。譬えばたまたま今年がチリとの国交樹立百年だとかで「チリ料理フェア」というのをやっていたとしよう。侮ってはいけない。ファミリーレストランというものは、そういう誰も知らないようなことまで採用しては商魂たくましくフェアをおっぱじめるものなのである。さて、たまたまあなたの訪れたファミリーレストランにフェアの一環でチリからやってきたチリ人シェフのホルヘさんがおり、チリ料理を頼んだあなたに挨拶しにきたとしよう。そんなことがあるか、などといってはいけない。何しろ敵はファミリーレストランなのだ。ありえぬ話ではない。とにかく、あなたは今チリ人と対峙している。
 さあ。何か話さなければならない。会話の糸口を見つけなければならぬのだ。あなたは焦る。アドレナリンが噴出する。ドーパミンが、どぱーと出る。あなたの頭脳はめまぐるしく働き、チリについての情報を検索する。しかしあなたは自分でも驚くほどチリについて知るところがない。
「ええと、チリ。チリ。チリってどこだっけ。南米だよな。あっ、そうか。そうだそうだフジモリ大統領の国だ」
 焦ってはいけない。それはペルーである。何しろホルヘさんにとってあなたは日本の代表なのだ。迂闊な間違いをやらかして、国交を悪化させるような非礼があってはならない。
「あ、あ、あ、違う。それはペルーだったよな、確か。ふう。危なかった。チリ、チリ。っと。ううむ、おれって学生んときから、地理は苦手だったもんなあ。なんて洒落言ってる場合じゃないよな」
 確かにそんな場合ではない。
 焦っている間にも、着実に時間は流れる。あまりに長い沈黙は敵意と解釈されかねない。気負うことはない。軽い糸口でいいのだよ。さあ。チリのことに触れるのだ。とうとうあなたはかろうじて口を開く。

「チリって、……細長いッスよね」

 哀号。なんと情けないことか。なんと嘆かわしいことか。
 あなたがチリについて知っていることは「細長い」だけなのか。細長い。あなたはチリを秋刀魚同然、細長いという認識だけで捕捉しているのか。いや、秋刀魚ならまだしも「目黒産に限る」などということも知っていよう。しかし、チリについては「細長い」だけなのである。
 チリは竹ひごか。
 あなたは、自分の認識不足にうちひしがれ、重い足取りで家に戻る。そして何を今更書架から辞書を抜き出すと、「チリ」の項をひく。

チリ【Chile・智利】(Republic of Chile)南アメリカ南西岸、南北に細長くのびる共和国。首都サンチアゴ。一八一八年にスペインから独立。東部にアンデス山脈が南北に走り、北部に砂漠、南部にツンドラ地帯が分布。銅・硝石の産出が多い。面積七五・七万平方km。人口一二三三万(一九八六)。正称チリ共和国。

「南北に細長くのびる」のくだりでは、辞書までが自分を馬鹿にしているように思えて仕方がない。
 首都サンチアゴ。そうか、そうだったんだよな。あの有名なサンチアゴじゃないか。ええと、何で有名かは忘れたけどサンチアゴ、ちきしょう、有名じゃねえか。
 軽率な判断は禁物だ。実はあなたは合衆国の「サンディエゴ」と勘違いしているのだから。
 そうかあ。アンデス山脈もあったんだよなあ。そうなんです。アンデスなんです。
 しかし、考えてみるがよい。あなたはアンデスについて何を知っているというのだ。今あなたの頭の中にあるのは「うきー」と鳴いているアメデオを連れたマルコ少年のみではないのか。「アンデスに続くー、あの道をー」と耳の奥で例の主題歌がこだましているだけではないのか。
 いずれにせよ、すべてはあとの祭であった。

 かようにも我々は物を知らぬのである。
 何もチリに限ったことではない。我々は自分の周囲三十センチ以遠のことについては本当に少しのことしか知らぬのだ。
 オーストラリア人に対しては、「コアラって、可愛いッスよね」
 エジプト人には「エジプトって、暑いッスよね」
 カール・ルイスには「しかし速いッスよね」
 本多伊左衛門には「手紙、巧いッスねえ」
 フレミングには「左手、ツリそうッスよ」
 スウェーデン人には「ぼくも第四回ギター弾き真似コンテストには出たいッス」
 偉大なる我らが父には「ぼくもゴジラ好きなんッスよ」
 宰相ビスマルクには「髭、立派ッスね」
 所詮、我々に言えるのはその程度のことだけなのである。


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1997/10/16
文責:keith中村
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