第299回 虹の彼方に


 私は極彩色の夢しか見たことがない。何でも、多くの人の見る夢は白黒であり、極彩色の夢を見るのは欲求不満の現れであるという説がある。これに因るなら私は今日に到るまでの三十一年間ずっと欲求不満であり続けたということになるわけで、ちょっと何とかしてほしい。しかし、この説には疑わしいところがある。なんとなれば白黒という概念は写真の発明以前にはなかったろうから、それ以前の人びとが「白黒の夢」を見たとは思えないからだ。もちろん鉛筆のデッサン画は白黒であり、しかも写真の発明よりもっと昔からあったわけだが、かといってそういった時代においても、デッサン画の白黒を現実世界に逆輸入して「白黒だけの風景」を再構築し、更にそれを夢に登場させるなどというややこしいことができたかどうか疑わしい。
 ともかく私の見る夢は極彩色である。だが、私のテレビは今どき白黒なのである。
 正確にいうと「緑黒」である。テレビの画像は赤緑青の三原色を合成することで構成されているわけだが、うちのテレビはいつの頃からか、ビームが故障したようで赤色が出なくなっている。そのうえ青のビームも弱くなったか、くすんでしまい、残された緑のビームだけが孤立無援で頑張っているような状態で「緑黒」になっているのだ。
 金融業の宣伝で、緑の顔をした宇宙人だか何だかが登場する「むじんくん」というのがあるが、私のテレビで見ると出演者すべてが「むじんくん」になってしまうのであった。
 岩下志麻も「むじんくん」である。横山ノックも「むじんくん」である。田原聡一郎も「むじんくん」なら香取慎吾も「むじんくん」だ。それどころか、犬だって猫だって「むじんくん」のペットみたいになってしまう。
 本来赤で表示されるべき部分は、赤の光線が出ていないものだから黒になってしまう。だから、サッカー中継なんかで、赤いユニフォームのチームと黒いユニフォームのチームが試合していると、どっちも黒に見えるから、これはもう何がなんだかさっぱり判らないことになってしまう。しかも両チームとも「むじんくん」なのだった。それでも、私はあまりスポーツ中継を見ないし、そもそもテレビをそんなに見ないから困りはしなかった。だから故障してから四五年経つが、ずっと使い続けていた。
 買い替えなかった理由はもうひとつあって、それはテレビは高価だと思い込んでいたことだ。このテレビは二十九吋なのだが、十二年ほど前に十五万円も出して買った。買い替えるテレビをもっと小さいのにすれば安くで済むだろうが、もうこの大きさに馴れてしまったからそれも嫌だ。かといってまた十五万円も払って買いなおすのも勿体ない。そう思っていたのだが、どうやら最近はかなり値が下がっているらしいことが判った。フラットスクリーンなる真っ平らのテレビが流行している現在、旧態依然とした丸ブラウン管のテレビなら五万も出せば買えるようなのだ。前に購入したときの三分の一の値段だ。しかも、十二年も前の機械と比べると価格は下っても性能は向上しているはずである。コンピュータならこれだけの期間があれば百倍以上高性能になる。
 そんなわけで、新しいテレビを買いにいった。何軒もまわってみたが、今や丸ブラウン管のテレビはほとんど絶滅しかかっていた。ほとんどがフラットスクリーンになっている。そっちももう一万か二万積めば買えるのだが、店頭で確かめたところフラットスクリーンのテレビは丸管よりも奥行きがあるようで、今のテレビと置き換えると背中が壁につかえそうだし、なによりフラットスクリーンの画像は中央がへこんで見える。丸管テレビの膨らみを眼が勝手に補正する癖がついてしまったらしく、平らな画面でも同じように補正しようとするからへこんで見えてしまうのだ。私が古い人間である証拠のようで、少々悲しい。何とか捜して丸ブラウン管の二十九吋を買った。安くなったもので、予算の五万よりさらに数千円低い金額で買えた。
 配達になるので、届くのは年末ぎりぎりなのだが、これでようやく極彩色のまっとうなテレビを見ることができるようになる。
 折角だから、新しいテレビで映画でも楽しもうと、中古ビデオ屋に立ち寄った。一本千円の投げ売りコーナーに「ザッツ・エンタテインメント」の正続二巻があったので、これを買ってきた。MGMミュージカルの名場面集である。
 部屋に戻ると、もう観たくて観たくて堪らなくなり、新しいテレビの到着を待たずに結局「緑黒」テレビで観てしまった。「雨に唄えば」「バンド・ワゴン」「踊る大紐育」「巴里のアメリカ人」「イースター・パレード」「恋愛準決勝戦」「オズの魔法使」などなど、私の大好きな映画の名曲名場面が次々と登場する。大変満足したが、残念なのはジーン・ケリーもアステアもやはり「むじんくん」だったことだ。大好きなジュディ・ガーランドまで緑色の「むじんくん」だ。ああ、ジュディ。
 さて、私が年末にあわせてテレビを新しくしたのにはわけがある。年越しの前後に報道されるであろう二千年問題の混乱を極彩色の映像で楽しむためである。一応計算機業界の末席を汚す仕事をしていながら、なんと無責任な不届きものだ。Y2K関係者各位、ごめんなさい。


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1999/12/27
文責:keith中村
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