第297回 亡国の音


 文部省が「ゆとりの教育」という指針を打ち出してもう随分になるし、私もその教育を受けたクチである。この指針は詰め込み教育をやめて学習内容を減らそうという趣旨であり、これを受けて教育指導要領が改訂されるごとに履修内容は希釈され続けている。
 学習内容がもっとも濃密であったのは学生運動の時代である。
 たとえば、中学英語で習得する必修英単語の数は一九六九年には六百十語であった。だが、二〇〇二年度より実施される新学習指導要領ではこれが百語となる。たった百語だ。
 これが、どれくらい少ないかというと、a, about, across, after, all, am, among, an, and, another, anyone, anything, are, as, at, because, before, between, both, but, by, can, could, do, down, during, each, either, everyone, everything, for, from, has, have, he, her, hers, him, his, how, I, if, in, into, is, it, may, me, mine, must, my, near, nothing, of, off, on, one, or, other, our, ours, over, shall, she, should, since, so, someone, something, than, that, the, their, them, then, these, they, this, those, through, to, under, until(till), up, us, we, what, when, where, which, who, whose, why, will, with, without, would, you, your, yours と、これが実際の学習指導要領にあるすべてなのだが、これっきりなのである。
 驚くべきことに、これでは「ハロー」も「グッド・モーニング」も「サンキュー」も言えないのだ。それどころか、イエスもノーもない。いくら日本人が白黒はっきりしないといっても、これはあんまりではないだろうか。
 今回の指導要領では、あまりに数が削減されているため、抽象的な単語ばかりになっており、具象的な名詞はほとんど入っていない。これではどうしようもないから、実際の教科書にはもっとたくさんの単語が掲載されることになろうけれど、高校の入試では必修単語以外には註釈をつけねばならないわけで、下手をすると出題部分より註釈のほうがページが多くなる。
 政府は一億総馬鹿計画でも実行するつもりなのか。
 だがその反面、副教科すなわち音楽美術技術家庭保健体育に関してはかなり無理な要求がなされている。たとえば、やはり中学の音楽科指導要領にはこのような記述がある。
「表現したいイメ−ジや曲想をもち、様々な音素材を用いて自由な発想による即興的な表現や創作をすること」
 中学生にとってなかなか難しい注文である。「即興的な表現」とはいったいどういうものなのだろう。「ちゅるる」だの「しゃばだ」だの「ほりほりほ」だのとスキャットせよということか。ジミヘンのようにギターに火を点けて燃やせばいいのか。キースみたいに寝転んでギター弾くとか、キースみたいにナイフでピアノ弾くとか、キースみたいにドラムセット壊しながら叩くとか、キースみたいにカレーのスプーンでギター弾くとか。問い:それぞれのキースのフルネームを答えよ。
 あるいはやっぱりあれをするのだろうか。観客に豚の生首を投げ付けるというあれだ。もっともこれは即興に見えてかなり仕込みが必要である。顔見知りの肉屋に頼むとか。そもそも観客とは何だ。
 また、これも中学生の、保健体育指導要領で、ダンスについてこういうことが書かれている。

自己の能力に適した課題をもって次の運動を行い、感じを込めて踊ったり、みんなで楽しく踊ったりすることができるようにする。
 ア 創作ダンス
 イ フォークダンス
 ウ 現代的なリズムのダンス

 感じを込めて踊る。なんだかちょっとすごいことに思える。感じを込めて踊るのだ。
「悲しい感じ」とか「楽しい感じ」とか「憤った感じ」とかそういう感じを込めて踊るのだ。嬉しいと言っちゃあ踊り、哀しいと言っちゃあ踊る。「らんらん」とか「るるるー」とか「しくしく」とか「よよよ」とか踊って表現するのだ。これでは原始人とあまり変わらない。「やってらんねえって感じ」とか「超だるいみたいな感じ」とかそういう踊りも教師が評価してくれるのかどうかも疑問だ。
 ところで、「現代的なリズムのダンス」というものにかなり興味を惹かれるが、もっと気になるのが「創作ダンス」だ。創作ダンスというのはどういうものなのだろう。私の理解に間違いがなければ、たとえば「サボテンの一生」とかそういうものかな。
 いがいがのついた不思議な帽子をかぶり、全身緑のタイツに身を包んだ女子の人が舞台にたくさん出てくるのだ。それから、一斉に足をぴんこしゃんこさせたり、ぴょこらぴょこら飛び跳ねたり、阿呆の子のように手足をばたばたさせたりした挙句に、ばたりと倒れてそのままごろごろ転がりながら下手へ退場。
 あるいは「落ち葉のダンス」などと称して、全身茶色のタイツに身を包んだ女子の人が画用紙に描いた大きな枯れ葉の絵を頭に巻いて登場して、手足をひらひらさせるとか。最後はやっぱりばたりと倒れてそのままごろごろ退場だ。
 私の認識では創作ダンスには、そのように全身タイツとごろごろ転がって退場することが必須なのであるが、本当のところはどうなのだろう。
 それとも、それじゃむしろ「欽ちゃんの仮装大賞」なのだろうか。


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1999/12/20
文責:keith中村
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